【試し読み】直木賞作家・荻原浩待望の最新長篇『笑う森』③
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神森で5歳のASD児・真人が行方不明になった。1週間後無事に保護されるが「クマさんが助けてくれた」と語るのみで全容を把握できず、真人の母でシングルマザーの岬はバッシングに晒されている。真人の叔父・冬也の懸命な調査で4人の男女と一緒にいたことは判明するが、空白の時間は完全に埋まらない――。
5月30日に発売された直木賞作家・荻原浩さん2年振りの長篇小説『笑う森』は、罪と後悔の人生を光に変える、希望と号泣の物語です。誰もが抱く拭えない過去を浄化に導く本作の冒頭部分を、5日連続で特別公開いたします。
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森の中だったせいか、GPSはまるで反応しなかった。必死で探したが、どこにも姿がなかった。名前を呼んでも答える子じゃない。誰かにというより、森そのものに連れ去られたように消えてしまったのだ。
十一月の夕暮れは早い。すぐに空が薄墨の色になった。恐ろしくなって、警察に電話をした。
それからはずっと震えていた。見せてはいけないと思って涙をこらえ続けた。一緒に捜したかったが、母親は待機してくれと言われて駐車場で待ち続けた。寒くても上着は着なかった。何も口にせず、水も飲まなかった。真人も寒くて空腹なはずで、同じようにしなくちゃいけないと思った。
真人が見つからないまま、夜になった。午後十時近く、GPSが反応して捜索隊が色めき立ったが、見つかったのは、遊歩道の近くで真人が落としてしまったキーホルダー型の子ども用GPSだけだった。
午前零時少し前に、警察の人に呼ばれた。
「本日の捜索はここまでです」
え?
思わず叫んでしまった。
「嘘でしょ」
母親の自分の責任であることはわかっている。自分の子どものために警察や地元の大勢の人たちに来てもらって本当に申しわけなく思っていた。だけど、でも。
五歳の子どもが真夜中に森の中に取り残されているのだ。朝まで徹夜で探してくれると思いこんでいた。
だから、誰もいなくなった後は、消防団の人に借りたヘッドランプと月の明るさを頼りに、一人で夜の森に入った。満月の夜だった。朝まで歩き続けて道に迷って、翌日、捜索隊に発見してもらった。「二次遭難になったらどうするんですか。二度と行かないでください」
二日目からは冬也くんが来てくれた。少し食事を摂ったほうがいいと言われたが、全部吐いてしまった。疲れているのに眠ることもできなかった。
五日目。捜索が日没で打ち切られるようになった時には、真人が生きていなければ、自分も死のうと思った。どんな些細なことでもいいから情報が欲しくて見ていたネットで、岬や真人に関する噂を目にするまでは。