「そりゃやっぱ、仕切り直しだか逆転だか狙ってんでしょ。人生の」
「あー」
「あの人たち、地元じゃそれ以上上に行けないんだからさ」
「可能性、みたいなのを求めてるってこと?」
 可能性とかチャンスとかという言葉を口にするのは抵抗がある。自分の話ではないが、とても気恥ずかしい。
「それそれ。『何歳からでも、人は変われるはず!』って期待しちゃってんの」
 わざとらしく目を見開いて、美南は胸の前で両手をグーにする。ふたり同時に笑い声を上げると、すこし離れた席に座っている三人連れがこちらを見た。
「あきらめない気持ち、大事だよね」
「ほんと。まあわたしにはよくわかんないけど」
 莉子はほおづえをついて、窓の外に目をやる。パルスの社名入りのトラックが走り去り、街路樹の葉が風に揺れるのが見えた。
「山奥の村とか離島とかさ、そういうところで生まれ育ったら、やっぱそりゃ都会に出たいと思ったかもしれない」
 山奥の村と離島、と言っても、莉子にはその具体的な生活はイメージできていない。ただよく「田舎あるある」として語られる、靴をく時にムカデが入っていないかいちいちたしかめなければならないとか、全員知り合いか親戚だとか、どこに行くにも車が必要だとか、そういうエピソードの表面をなぞっただけだ。さぞかし不便で窮屈きゅうくつだろう。わたしには無理。ぜったいに無理。
「ここは地方だけど、ぜんぜん田舎じゃないし」
 莉子は「ぜんぜん」に力をこめる。県内でいちばん有名な市ではないけれど、明日見市は人口二十万人で、けっして小さな市ではない。JRと私鉄と地下鉄の駅があり、車なんかなくてもどこへでも行ける。電車に十五分も揺られたら繁華街に出られる。莉子も高校生の頃まではよく洋服や雑貨を買いに行ったが、今はめったに行かない。大きなショッピングモールができて、そこでなんでも揃うからだ。映画だって観られる。
 ショッピングモールは、以前は遊園地があった場所だ。家族でよく遊びに行った場所がなくなったのはすこし寂しい。でも観覧車など、いくつかの遊具は今も残っている。「全員知り合いか親戚」だなんていうのも考えられない話だ。明日見市には大学のキャンパスだっていくつかあって、便利で、開放的な土地だ。ここから出たいという願いが理解できないのは、それだけ自分が恵まれているということなのかもしれない、と思ったりもする。
 田舎じゃない、と莉子が言った時、美南はかすかに笑った。ニューヨーク似合わねーと茶化した時よりは控えめな、でもたしかに同じ種類の笑いだった。莉子は、なにかおかしなことを言っただろうかと思い返してみたが、わからなかった。ただの思い出し笑いかもしれない。
 美南が壁の時計に目をやり、「あーもうお迎えの時間だよ」と舌打ちする。莉子は「ねー」と同調して、口に運びかけていたコーヒーカップを置いた。
(つづく)

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