準備は整った。
 編み針をさらに鋭利にした形状の、金属の棒を握りしめる。泥徒の創造に無くてはならない尖筆リシクという道具だ。泥徒創造者を指す尖筆師リサシュという呼称は、この道具を由来としている。
 その尖筆を泥徒の胸部に突き刺し、目をつむった。
 それから一息で告げる。
「わたしが選んだ、わが下僕しもべよ。わたしの掟をあなたは守りなさい」
 途端、彼女の身体から一切の動きが消えた。
 尖筆を介して躯体と霊的に結合されたのだ。その経路から霊息ネシャーマを吹き入れてゆく。泥徒に仮初かりそめの魂を宿すためには、自らの生命力そのものを分け与えねばならない。
 額に一つ、二つと大粒の汗が浮かび始めたのと同時に、躯体から滾々こんこんと水が湧き出してくる。躯体の表面が水で満たされると、胸の中心で波紋が生じる。その微かな波は躯体の末端に進むにつれうねりを増す。顔の中央では大きな波濤はとうとなって鼻梁びりょうを作り、足先では細かく砕けて関節を刻んだ。泥の躯体は次第に人の形を整えてゆく。
 そこでマヤは目を開いた。
「わたしは、あなたをもってこの身を飾る。あなたが知り、わたしを信じ、わたしがその者であると悟るように」
 床に横たえられていた泥の躯体は全身を震わせ、緩慢な動作で上体を持ち上げた。単なる躯体ではなく、泥徒と呼ぶべき存在に変わっていた。
「できた」
 思わずマヤは声を漏らした。
 泥徒の動きは、糸で操られているようにぎこちなかった。外見も、セルロイド人形を思わせるような粗雑さをまとっていた。しかし、彼女にとってはそれで十分だった。十二歳にして泥徒を創り得た者など、長い尖筆師の歴史においても他に見つけることはできないのだから。
 マヤは喜びを押さえ、威厳ある声で呼びかける。
「あなたの名は老王スタルィ。わたし、マヤ・カロニムスの下僕しもべである」
 故国の英雄から取ったその名は、青年と少年のあわいを漂う泥徒の容貌には相応ふさわしくなかったかもしれない。それでもマヤの表情は満ち足りていた。いずれ自らの下僕が、その名を冠するに相応しいものになると信じていた。
 スタルィは、首をぎりぎりと巡らせる。彩度の低い瞳の中に、いとけない少女の姿が映った。
 それが、二人の長い旅路の始まりだった。

                                      (つづく)