「お母さんはイケイケなほうか、慎重なほうか?」山岳遭難捜索チームが依頼者に聞いた理由 現場のリアルを描いた一冊を語る

『「おかえり」と言える、その日まで』特集

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登山ブームにともない、遭難数が増加傾向にあります。警察や消防による捜索が打ち切られた後に、家族から依頼を受けて遭難者捜索へ向かう―そんな民間捜索団体のひとつがLiSSリス(Mountain Life Search and Support)です。代表の中村なかむら富士美ふじみさんは看護師として患者に寄り添ってきた経験を活かし、「この登山者だったら、どのルートを進んでしまうか」と探偵のように考え、登山者のご遺体を発見していきます。その様子をまとめた『「おかえり」と言える、その日まで』は、発売から半年で4刷になるほど話題になっています。数年前から登山を楽しむようになったというライターの瀧井朝世さんが本書の読み所を紹介します。(本文/瀧井朝世)

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「まるで推理小説のようだ」。刊行当時、そんな感想が多く寄せられたという。しかし本書はノンフィクションであり、捜索の対象となるのは事件の犯人ではなく山岳遭難者である。
 著者は現役の看護師で、民間の山岳遭難捜索チームLiSSの代表者だ。警察の山岳救助隊は人命救助が主な目的だが、LiSSは遭難者の捜索はもちろん、家族支援・サポートも柱としている。行方不明者家族からの依頼があれば、どれだけ時間がかかっても、つまり生存の可能性が低くても遭難者を探しながら、帰りを待つ家族を支えていく。依頼のほとんどは、家族が地元の里山や低山に行ったまま帰ってこないという事案だという。そのなかから六つのケースを紹介するのが本書である。

「あんな低い山で遭難者が?」

 第一章の冒頭でいきなりドキリとする。東京は奥多摩のぼう折山おれやまで人がいなくなったケースの話だからだ。棒ノ折山といえば登山初心者の自分でも登ったことがあり、文中にも〈地元の小学生も遠足で登る里山〉とある。「あんな低い山で遭難者が?」とは思わない。登山を始めた頃、上級者たちから「どんなに低い山でも遭難する可能性はある」と口を酸っぱくして言われたからだ。だが、こうして実際の例を読むと、その現実味がストレートに突き刺さってくる。
 第一章の時点では著者も登山初心者だった。しかし遭難者が出たと聞いて棒ノ折山に登ってみたところ、遭難者のご遺体を見つける。半年後、同じ山で別のご遺体を発見したことから、山岳遭難捜索の道へと足を踏み入れることになったという。なぜ初心者の彼女がご遺体を見つけることができたのか。それは山に精通している人なら迷わないはずのルートで判断を誤ったという、一般的な登山者としての実体験があったからだ。
 埼玉県の奥秩父や神奈川県の丹沢たんざわ、日光の縦走ルート、新潟・群馬県境の巻機山まきはたやま…。どの章にも、遭難者が予定していた登山ルートと発見場所の地図が載せられている。発見場所は「ルートからこんな離れた場所に?」と思うケースもあれば、逆に登山口からほど近くてかえって驚かされるケースもある。いずれにせよ思うのは、「警察の山岳救助隊でも発見できなかったのに、よく見つけられたな」ということだ。それには、LiSSの粘り強い活動がある。

遭難者のプロファイリング

 捜索の依頼を受けた時、著者はまず遭難者のプロファイリングを行うという。家族に話を聞き、名前や年齢や登山歴、当日の服装や持ち物はもちろん、性格や職業なども聞き出す。もちろん、身内が行方不明となって混乱している相手を気遣いながら、である。たとえば著者は「(遭難した)お母さんはイケイケなほうか、慎重なほうか?」と聞く。慎重な性格なら迷った場合に来た道を戻ろうとするだろうし、イケイケなら「前に進めばとりあえず下山できる」と判断する可能性が高い、と考える。あるいは遭難者が必ず両手にストックを握っていたと知り、難所の少ない一般登山道を登るタイプだろうと推測する。そうして長いルートの間のどの場所で何が起きたかを想像していくのだ。このあたりが「推理小説のようだ」という感想の多い理由ではあるが、それだけではなく、著者が情報を集めるほどに、遭難者の人柄や山への親しみの情、情報を提供する家族たちの遭難者に対する愛情とそこから透ける不安や悲しみがじわじわと伝わってくる。各章、山を愛し山で亡くなった方々への哀悼の意を抱かずにはいられない。著者と家族たちの間に信頼関係が築かれていく様子も胸を打つ。遺体が見つかったことに安心する家族もいれば「行方不明のままなら、生きている希望を持ち続けられたのに…」と落胆する家族もいる。章によっては遺族のその後にも言及されており、簡潔でわかりやすい文章のなかに、さまざまな人生、さまざまな思いが詰まっていて目頭が熱くなる。
 ドローンを使った捜索、会員制の捜索ヘリサービスの存在や、ご遺体が見つからない場合の危難失踪の申し立てなど、捜索方法やその後の手順なども知らないことばかりで興味を惹きつける。また、登山計画書を残すこと、見つけやすい色の服装がよいことは当然として、自然界にはない青色が望ましいこと、迷った場合は沢に沿って下るよりも上を目指したほうがいいことなど、初心者ハイカーにとっては多いに学びもあるだろう。そしてなにより、著者たちの活動に心から敬意を表したくなる一冊である。

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瀧井朝世
(たきい・あさよ)…1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、雑誌やWEB媒体で作家インタビュー、書評などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)。岩崎書店〈恋の絵本〉シリーズ監修。

「おかえり」と言える、その日まで

「おかえり」と言える、その日まで

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