夏目漱石の「名も無き黒猫」、室生犀星の飼い猫「ジイノ」…文豪たちの猫が輪廻をめぐる奇想ファンタジー小説『猫と罰』著者・宇津木健太郎インタビュー

猫好き集まれ!『猫と罰』刊行記念特集

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明治の大文豪、夏目漱石が飼っていた黒猫が輪廻を巡っていく奇想ファンタジー『猫と罰』(新潮社刊)は、「日本ファンタジーノベル大賞2024」大賞受賞作です。主人公の黒猫は、何度も生と死を繰り返し、ついに最後の命を授かります。過去世の悲惨な記憶から、孤独に生きる道を選んだ黒猫でしたが、ある日、自称“魔女”が営む猫まみれの古書店「北斗堂」へ迷い込むという猫好きには堪らない”ハートフルビブリア奇譚”!

選考委員のヤマザキマリさんは「寛容と慈愛のものがたり」、棋界きっての愛猫家である女流棋士の香川愛生まなおさんは「猫好きにはたまらない一冊」と絶賛し、『幻想文学』や『幽』の編集長を歴任した文芸評論家の東雅夫さんも激賞する長編小説です。若き俊英として注目を集める著者の宇津木健太郎さんに、受賞作刊行に際しての心境や執筆のきっかけ、作品に込めたメッセージについてインタビューしました。

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 ―本作は、文豪とともに生きた猫たちが輪廻を巡っていくファンタジー作品です。「猫には九つの命がある」とのことわざの通り、文豪と縁の深い猫たちも転生を繰り返していくのですが、やがて“魔女”称とする女主人・北星恵梨香きたほしえりかが営む古書店『北斗堂』へと集まって、猫と女主人は関係性を築いていきます。本作を思いついたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。

 とある1冊の本との出会いがきっかけでした。よく通っている書店さんで、『文豪の愛した猫』(開発社編・著/イースト・プレス社刊)という新書を偶然見かけたんです。私自身、猫好きで、文豪にも興味があったので、思わず手に取って読み始めたら、もう止まらなくなって。文豪とその飼い猫をテーマにした小説を書こうと思い立ちました

 ―文豪と猫というと、多くの人が夏目漱石『吾輩は猫である』を想起すると思いますが、本作の主人公はまさに漱石が飼っていた黒猫なのですね。

 この話を思いついたときから、漱石が飼っていた名もなき黒猫の物語にしようと決めていました。当初は、漱石の黒猫が次々と生まれ変わり、その人生の中でさまざまな出来事に見舞われるストーリーを考えていたのですが、この猫も、あの猫もとどんどん入れたくなって、自然と物語が膨らんでいきました。
 実はこの本自体にも仕掛けがあるんです。はやしなおゆきさんが描いてくださった素敵なカバーを外すと現れる本書の表紙は、『吾輩は猫である』の初版本をオマージュしたデザインになっています。正直、畏れ多いですが、本作に込めた僕の文豪への敬意や猫への愛を担当編集者さんと装幀デザイナーさんが汲んでくださったからだと思うので、とても嬉しいです。

 ―なぜ、文豪たちに由縁の深い猫たちが『北斗堂』に集まってくるのか。それは実際に読んでみてのお楽しみではありますが、漱石の猫だけではなくほかの文豪の猫たちも登場します。宇津木さんの中でお気に入りの猫はいますか。

 室生犀星が飼っていたジイノという猫です。犀星と一緒に映った写真が残っているのですが、火鉢に前脚を置いて、ぬくぬくと暖まっている姿が妙に人間臭くって、可愛らしいんですよ。どの猫も愛情込めて書いていきましたが、中でもジイノはお気に入りです。
 本作では、飼い主だった文豪の名前をしっかりと明記している猫もいれば、あえてぼかしている猫もいます。この猫の飼い主はいったい誰なんだろう…と、クイズ感覚で楽しんでいただけたら嬉しいです。