第一話 推しが門司港を熱くする⑦

【試し読み】大人気シリーズ最新作! 町田そのこ『コンビニ兄弟3』

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「移動式の本の販売カーをやろうと思いまして!」
 バンを降りた采原は、笑顔で車を指した。この間までは動物が笑っていた車体に『Q-wick 移動本屋さん』と文字が入っている。
「Q-wickでYouTubeチャンネルを開設していて、その中の企画としてぼくが提案したんです! この車で九州中を回って、本を通じてファンの方とお話しするっていう内容で。ぼくひとりでもやりたいって言ったんですけど、メンバーも面白そうだって賛同してくれて、Q-wickメンバー全員参加の企画にしようってことになりました。この車にメンバーが入れ替わりで乗って本を売るんです」
 バンの中は書架が作りつけられており、本が詰まっていた。絵本や児童書、文庫本や単行本に、画集などもある。
「俺の知り合いの店に持ち込んで、リメイクしてもらった。なかなかいいだろ」
 ツギが改装の手伝いをしたのだと言う。こういう仕事もいいもんだなあ、とツギは楽しそうに笑った。
「すごく素敵…、あ、椅子は残したんですね」
 小さな椅子がふたつ、残されていた。
「大人でも座れんことはないし、或るがあの椅子に子どもが座って本を読んでいる姿が見たいっていうもんでな」
 ツギがやさしく笑い、采原は「夢があっていいじゃないですか」と言う。
「この車で買った本がファーストブックだという子がいたらいいなあ、あの椅子で読んでくれたらなあという、ぼくの小さな夢です」
 ひとつの書架は『メンバーおすすめ作品』と札が付けられている。采原或るの棚にはもちろんと言うべきか『異世界召喚されたら魔術師の肩に乗ってるゆるふわマスコットでした』や『転生できたのでゴブリンの嫁になります』が既刊すべて並んでいた。津島の棚はお菓子のレシピ集。
「ああ、いいですね。おすすめ本、嬉しい。これ、すごくいい!」
「でしょう! ぼくらしさ、ぼくが磨けるところは何かって考えて、本かなって思ったんです。アピールポイントは、読書好き!」
 采原は、車体と同じパステルイエローのツナギを着ていた。「じゃーん」と背中を見せられると『Q-wick』のロゴが入っている。
「かっこいい!」
「いいでしょう? まあこれはツギさんをイメージしてるんですけど」
 ふふふ、とはにかんで、采原は「あのときツギさんに出会えてよかった。ウェグナー騎士団長の応援を貰っておいて前に進めないなんてあっちゃならないことでしょ? ぼく、自分のいいところを磨いて磨いて、アイドルの世界の頂点を獲りますよ!」と胸を張ってみせた。
「やだ、すごい…。なんて前向きなの…」
 前に向かっていこうとする姿が素晴らしい。光莉の目頭が熱くなる。
「わたしもぜひぜひ応援したい。じゃあこっちのQ-wickの写真集にサイン貰っていいですか」
「あ、いまここに積んでるのは全員のサイン入りですよー」
「え、じゃあ保存用にもう一冊ください」
 いそいそと財布を開けて、本を買う。采原は「ありがとうございます!」と白い歯をこぼして笑った。
「やあ、これは素晴らしい」
 やって来たのは志波だった。Tシャツにチノパンという普段着で、寝ぐせがついている。もしかしたら寝起きかもしれない。
「可愛い車ですねえ。移動書店ってところですか? いいな、こういうのが田舎の山奥にまで来てくれると、きっとたくさんのひとが喜んでくれると思いますよ」
 志波は興味深そうに車内を見回し「すごいなあ」と嬉しそうに言った。
「素晴らしい行動力だ。素敵です。かっこいい」
 志波の言葉に、采原が「ありがとうございます!」と頭を下げる。