第一話 推しが門司港を熱くする⑤

【試し読み】大人気シリーズ最新作! 町田そのこ『コンビニ兄弟3』

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「キャラがブレてるから、ブレ男です。最初は、リーダーでした。戦隊モノでいうところの赤です。でも『合ってない』と周囲から言われて…自分でもそれは分かってました。ぼく、クラスの端っこで仲のいい友達とだけ遊べていたらそれで満足していたから、中心に立ったことなんてない。リーダーシップなんて持ち合わせてないんですよ。次は黄色…ワンコ系でいけと言われました。弟感を出せって言われましたけど、ぼくこれでも五人兄弟の長男です。可愛らしく思われる甘え方ってどんなんですか」
「ははあ、ぼくは三男です」
 志波がどうでもいい相槌を打った。それ今は関係ないから! と光莉は思うも、采原の話が気になるので口をつぐむ。
「ヒーローものはだいたい五色でしょ? でもQ-wickは八人もいるんでね、どこかしら被りますよ。津島みたいに、青がばっちり似合うやつもいる。島袋は黒。だからいろいろやりました。でも毎回『イメージと違う』『なんか合わない』その果てに『ブレ男』と言われ始めた。分かってますよ、自分に魅力がないことくらい。だから何をしてもだめなんだ」
 ああ、そんなに悩んでいたのか。光莉は、自分が彼の苦悩を娯楽として消費していたような気がして恥ずかしくなる。頑張ってアイドルしている男の子、としてしか見ていやしなかったか。わたしは彼の苦しみをほんとうには理解していなかった。
「ぼくの理想を押し付けてしまってすみませんでした。『イメージと違う』なんてぼくが一番言われたくないことだったのに…」
 ため息を吐いた采原に「ひとの目を気にしてはいけないと思いますよ」と志波が言った。
「あなたにはあなただけの魅力があると思います。あなたらしくいればいいんじゃないでしょうか。ぼくはいまのあなたが素敵だと思います」
 にっこりと笑った志波に、采原はまた、両手で顔を覆った。肩もまた震えている。志波の言葉が彼を救ってくれればいい、と光莉は思う。
「どこがどう素敵だって言うとね…」
 しかし采原が発した声は、沼から浮き上がってきたもののようにじっとり重たかった。
「ぼくらしくいたって、ダメなもんはダメなんよ。あなたはあなたらしくそのままでいい、って言葉は、綺麗に咲いている花だけが与えてもらえる水みたいな言葉やんか。雑草は引き抜かれておしまいやん。ぼくは雑草であり“おしゃれなカラス”なんよ。知ってます? おしゃれなカラス」
「知ってます」
 答えたのは光莉だ。昔、恒星に読んであげた絵本の中にあった。
 神様の前でもっともうつくしい鳥を選ぶコンテストが行われることになる。いろとりどりのうつくしい鳥たちが自慢の羽を整えて会場に向かう中、カラスは地面に落ちた羽を拾い集めて自分自身を飾り立てるのだ。誰よりも華やかな姿になったカラスを見て、神様は「お前がいちばんうつくしい」とカラスを褒め称えるのだが、それを見たほかの鳥たちが「おかしい」と騒ぎ立てる。ああ、あれはおれの羽だ、あら、わたしの羽もあそこに刺さってる。怒った鳥たちはカラスのからだからそれぞれの羽をむしり取り、カラスは元の真っ黒な姿に戻ってしまう―そんな話だった。光莉が語ると、采原が「そうそれ」と頷く。
「何かしらで飾り付けても、しょせんカラス。ぼくは結局、ダメなんよ」
 絵本では、みすぼらしくなったカラスが泣いているシーンで終わった。嘘をついて己を飾っても誰かに見抜かれてしまう。嘘はダメなんだよ、と恒星に話して聞かせたっけ、と光莉は思い出す。
「ブレ男だなんて、呼ばれたくない。でも、魅せる中身もない。ああ、ほんとに自分が情けない」
 ははは、と力なく采原が笑う。
…その話、続きがあるの知ってるか?」
 ふいに、ツギが口を開いた。
「情けなくて泣くカラスに、神様が言うんだ。お前はそんなにうつくしい黒を持っているのに、どうしてそれを磨かなかった? 誰も、お前ほど艶のある黒を持っていないのに」
 へ、と采原が声を漏らした。
「自分の持っているものを磨く、これがその話のもうひとつの教えだと俺は思う。それでいえば、お前はお前を磨くべきだ。誰かの羽で飾ることはせず」
 話の間にも食べ進めていたのか、ツギの前には空容器が山になっていた。
「自分自身のいいところ、少しは分かるだろう? それを磨け。あんたは自分のことを雑草だと言うが、いろんなひとの中から選ばれて華やかな世界に立ってるんだろう? 卑下する暇があったら勝ち目を探せ。例えばこれ」
 ツギが出したのは、タマゴコッペパンだった。
「言わばコッペパンにタマゴサラダを挟んだだけのドシンプルなものだ。でも、テンダネスの惣菜パンのトップを走ってる。それは、いまの味よりもっと美味しくなるはずだ、と担当者が味の完成を諦めていないからなんだ」
 パッケージから取り出したツギが、大きな口でぱくりと食べた。
「美味い」
 目元をきゅっと細めて、しあわせそうに微笑む。口の端に少しだけついたタマゴサラダをぺろりと舐めとって「ほんとうによくできてる」と付け足した。