日々の舞台で、その時その時の花を咲かせたい。

 歌舞伎には、「ニン」という言葉があります。
 誰もが直観的に感じられる雰囲気と言いましょうか、役者さん本人が役と重なって感じることが、「ニン」で、その「ニン」は歌舞伎役者にとって、大事な部分と僕は考えています。
 僕は役の幅がよく言えば広くて、悪く言えば浅い。若手の中では色々なお役を毎月、やらせていただいていますが、30代なので若いとも言えませんし、そろそろ「ニン」がはっきりしないといけない頃です。幅が広いという僕の長所と短所を磨いて、全てのお役を「ニン」にしたいというのが僕の野望です。いくつものお役を自在に演じる役者のことを「兼ねる」と言います。そういう先人たちもいらしたので、その道を目指したい。それもあって、何役をも「兼ねる」今回の朗読のお仕事は、単純にうれしかったです。何より、シリーズを20年以上も続けていらっしゃるって、本当にすごいです。
 一生修業の歌舞伎の世界でまだまだ未熟な僕ですが、与えられたお役を生きているように演じ続けていきたいです。
 その人の花が咲く瞬間は、人生で限られているかもしれません。けれども、観に来てくださっているお客様にとっては今しかないので、毎回毎回、花を咲かそうと頑張る日々です。「あぁ、あの時が、僕の人生の花だったな」と気付くのは、死ぬときかもしれませんね。そうであったら、素晴らしい人生ですよね。

【「しゃばけ」シリーズ20周年記念企画】
Amazonオーディブル歌舞伎俳優が朗読する「しゃばけ」シリーズ
第19巻『いちねんかん』担当

中村種之助(なかむら・たねのすけ)
1993年2月22日生まれ。中村又五郎の次男。99年2月歌舞伎座『盛綱陣屋』の小三郎で初代中村種之助を名のり初舞台。15年1月浅草公会堂『猩々しょうじょう』の猩々ほかで名題昇進。21年6月「歌舞伎のみかた」の解説で国立劇場特別賞。2015年11月『神霊矢口渡』の下男六蔵で、19年11月『孤高勇士嬢景清(ここうのゆうしむすめかげきよ)』日向嶋の里人実ハ天野四郎で国立劇場奨励賞。20年11月『平家女護島』の菊王丸で国立劇場優秀賞。2015年より兄・歌昇との勉強会「双蝶会」、2021年には単独で「中村種之助踊りの会」を開催。