一年中、演目に費やす日々

 文楽は毎月、東京の国立劇場と大阪の国立文楽劇場、そして地方公演のうちいずれかで2~3週間ほど上演されます。公演がない期間は次の演目のお稽古に費やします。次の公演までの日程があまりなく公演中から次のお稽古を始める時もあるので、1年中、常に何かしらの演目に携わっています。長期休暇ですか? とったことありません(笑)。公演に携わるのはいつも同じメンバー。私たちにとって楽屋に行くのは社会人の方が会社に出勤するのと同じ感覚だと思います。地方公演は宿が同じですし、皆で飲んだり観光することはありますが、基本的にはプライベートでつるむことはありません。仕事が終わったら解散です。
 実は年間の演目と配役は事前に決まっていないので、私たちが配役を知るのは、お客さまに発表されるのとほぼ同じタイミングです。発表されるとまず床本を書き写し、その後、口伝くでんか現存しているテープを聞いて型通りに真似ていきます。太夫は一人一役をこなす俳優さんと違って、ひとつの役に集中してはいけません。登場人物に感情移入をするのではなく、台詞で演技を切り替えていくので、常に俯瞰して全体を捉えるようにしています。経験からしか得られないテクニックなので、場数をこなすしかありません。オペラと同じく楽曲なので、基本的にはアドリブを入れることもなく、とにかく先輩方の芸から学ぶことが必須なので技術の習得の仕方という面でもクラシック音楽に似ているかもしれません。
 個人でのお稽古の次は、相方である三味線弾きさんとのお稽古が始まります。お互いの呼吸を合わせるのではなく、呼吸を摑み、舞台の上で自然に掛け合いが成立するように作り上げていきます。太夫からこの節で弾いてくださいという合図を出すことも、三味線弾きさんが呼吸で伝える場合もありますが、そのきっかけやタイミングは私たちにしか分からないささやかなものです。
 私は先輩の三味線弾きさんと組むことが多いので、アドバイスをいただきながら二人なりの完成形を作り、最後に1、2回、師匠にお稽古をつけてもらいます。若手だけで作り上げているものなので、師匠が満足されるはずもなく、必ず怒られ、一度全てを崩していただき、再構築しながら本番を迎えます。これがお稽古のサイクルです。