第五回 ④

ムーンリバー

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前回のあらすじ

阿賀野鈴、バツイチの40歳、出版社文芸編集部勤務の編集者。装幀デザイナーの父と実家の〈デザインAGANO〉で打ち合わせした後、従弟でグラフィック・デザイナーの陸と二人きりになった。夫と死別した妹の蘭が実家に戻ってくることを聞いた陸は私に、「もしも鈴の新しい人生への強い味方になれるんだったら、いくらでもなる」と言い出した。一体どういう意味なの?

イラスト 寺田マユミ
イラスト 寺田マユミ

 親代わり!
 そうか、そういう意味合いか。
 やよいは、陸のことが本当に好き。直接訊いたことはないけれども、離婚してここに戻ってくるときも、父親と離れる淋しさよりもりくと一緒に暮らせる嬉しさの方が勝っていたんじゃないかなって思えるぐらいに。
「まぁそんなわかりやすいことにはそうそうならないだろうし、すずがやよいちゃんを置いて恋に走るなんてのも考えられないけどさ」
「うん」
 そんなのは絶対に考えられない。
「でも、鈴の人生の天秤の錘のひとつとして、ボクを考えておいてもいいからね」
 嬉しい。
「ありがと」
 本当に可愛い弟。従弟だけど、心の底から可愛い弟だと思ってる。
「だかららんにも言ったんだよ。蘭と優ちゃんがここに帰ってきてさ。何らかの事態が起こって蘭の夫とか、優の父親という存在がどうしても必要になって、でもどうしようもないときにはボクを使っていいよって」
 使うって。
「え、蘭と陸が結婚するってこと?」
「偽装でも正式にでも、お互いの名字が一緒だからね。いとこ同士でも法的には結婚できるんだから正式にしたところで紙切れ一枚提出するだけで、ボクたちの関係性が何も変わることはないんだからさ」
 それは、そうかも。同じ阿賀野あがのが同じ家にいるのはどっちでも同じ。確かに。
「そんな事態、起こる?」
「たぶんないだろうけどね。でも、心の保険としてさ、そういう手段も最終的にはあるんだって思っていた方が心安らかに暮らせるでしょ」
 陸、あなたってそんなに博愛な子だったんだ。
「でも、陸にだって一緒に暮らしたいっていう人が現れるかもしれないわよね」
「そのときは、そのとき。でも今のところは、ないかな」
「どうして」
「一人暮らししてわかったけど、ボクは家族以外の人が自分の居場所に入ってくるのが、ダメみたい。そういうのが、神経にこたえるんだ」
「私たちはいいの?」
「もちろんそう。で、友達や恋人が部屋に遊びに来るのも全然いいよ。一日二日泊まっていくとかそういうのは別。でも、たとえ愛した人でもいつも一緒にいるっていうのは、一緒に暮らすっていうのがちょっと神経にこたえる人間みたいだね」
「そうなんだ」
 そういう人だったんだ陸。
 会社に一人、いる。結婚したけれど、一年でダメになって離婚した野原理子のはらりこさん。ダメになった理由が、ほとんど陸と同じ。愛したと思った人でも、一緒に暮らしていることに耐えられなくなったって。むしろ、話し合って離婚してからの方がもっと深く親しく付き合えるようになったって。そんな離婚もあるのかって思ったけれども。
「まぁそういうこと。前から思っていたんだけど、話せて良かった」
「ありがと」