「もう鈴はないな、と思われるのもなんか悔しいわよお父さん」
「いや、決めつけているわけじゃない」
 ないのかな、と思っていたのは事実だけど。それに、帰ってきてそのまま四年も過ぎちゃったらね。
〈そうだよ。鈴ちゃんだって、まだその可能性がないわけじゃないんだから、改装なんかは考えないでいいから〉
「それこそ小学生のうちは優ちゃんとやよいが一緒の部屋だっていいじゃない。二段ベッドにすれば、勉強机だって二つ置けるし。私と陸だってそうだったんだから」
 何年間だったかな。一年か二年、二人一緒の部屋で過ごした。いや、私たちもずっといる、という前提の下での話だけれども。
「まぁわかった。うちにはいつ帰ってきてもいいから。真下さんに、その、なんだ。失礼とかそういうことのないように私たちが挨拶に行くとか、こういう場合はどうなんだろうかな」
 お父さんが私をチラッと見て言う。
「それは、どう、かな」
 私の場合は、向こうの両親と離婚してから一度も会うことはなかった。もちろん、うちの親も会っていない。会わせたくもなかった。
 ただ、お義父さんお義母さんに直接の恨み辛みは何もない。義理の娘になった私を鈴ちゃん鈴ちゃんと呼んで、可愛がってくれたし良くしてくれた。離婚が決まったときに一度だけ電話でお義母さんと話したけれども、そのときもお義母さんは息子の不出来を私に謝っていた。
 それでも、あの男の親であるという事実だけで、二度と会うことはないと決めている。
 やよいに、あの人たちにとって可愛い孫に会えなくなってしまったことは、申し訳ないと思ってる。会わせてあげたいという気持ちはないこともないけれども、それでまた元夫と何かしら繋がってしまうようなことになったらと思うと、とても、できない。
 だから。
「しておいた方がいいんじゃない? 私みたいに最低最悪な離婚じゃないんだし。そういうことになりましたが、これからも親戚としてよろしくお願いします、と」
〈やっておくべきかな〉
「気持ちの問題だからな。たとえ蘭がうちに戻っても、優を通じて真下家とは親戚であることは変わらない。だから、こちらから伺って挨拶しておいた方がお互いに気持ちがいいだろう」
「そうね。そうしましょう」
 お母さんも頷く。優ちゃんは、真下さんにとっても大事な孫。しかも初孫だ。やよいだって向こうのおじいちゃんおばあちゃんは大好きだった。もう会えないとはあの子に直接言ってはいないけれども、本人も少し淋しい思いはしたはずだ。
 優ちゃんにそんな思いをさせなくていいのであれば、その方がいい。
「挨拶に行くのに都合がいい日を、お前の判断でいいから後で教えてくれ。父さんたちのスケジュールはどうにでもなるから」
〈わかった。そうするね〉
 ディスプレイから、手を振った蘭の姿が消える。蘭ちゃんと優ちゃんも一緒に住むなら楽しいなー、ってやよいが誰に言うともなく言って、軽くスキップしながらワークスペースを出ていく。
「あれだぞ、鈴」
 それぞれの戻り際、お父さんが言う。
「何?」
「別に決めつけているわけじゃないからな」
「わかってる」
「どう言えばいいのか難しいが、ひどい離婚にも子供がいるということにも、この先のお前の人生、何ものにも縛られることはないんだからな」
 うん。
 わかってる。私の人生は私のもの。でも、やよいがいる限り、そう思い切ってしまうのはとても難しいことも、わかってる。

(つづく)
※次回の更新は、7月18日(木)の予定です。