蘭から電話があったのは、ゆうちゃんを連れて話をしに来てから一週間後の日曜日の夜。
(鈴ちゃん今、家?)
「そうだよ」
(皆いるかな。お父さんとお母さん。陸はいなくてもいいけれど)
「いるよ。陸も呼ぶ?」
 家を出て独立したとは言っても、陸の住むマンションはここから歩いて十分のところ。駆け足で五分。
(いや、陸にはすぐ後に電話で話すからいい)
 きちんと顔を見ながら皆と話したいのでFaceTimeでお願いしますって。あの子もiPadを持ってるから。
 何のどんな話をするのかは大体わかったので、まだ起きていたやよいもお母さんも私もうちのワークスペースにぞろぞろと歩いていって、お父さんのiMacの前に並んだ。
「はい」
 ディスプレイの背景は一度だけ行ったことのある真下家の蘭の部屋。そしてほぼ素っぴんの蘭の正面顔。蘭って、肌きれいなんだよね。こうやってディスプレイで見るとなんだか余計にきれいに見えるような気がする。まだ若いからだけれどもとっても羨ましい。
「優は寝てるの?」
〈寝てる。イヤホンだから大丈夫だよ声を潜めなくても。それで、ですね。私は真下蘭から、阿賀野蘭に戻ることにしました。そしてそちらの家に帰ります〉
 うん、と、三人して同時に頷いてしまった。やよいは眼を丸くして笑顔になっていた。予想通りの話題。帰ってくるかどうかはわからなかったけれど、そう決めたんだ。
 ふぅむ、って感じでお父さんもお母さんも考える。私のことを頭に浮かべているような気がして、思わず二人の顔を見て笑ってしまった。その笑いがお父さんにもお母さんにも、蘭にも移っていく。
「私も蘭も、娘が二人してここに戻ってくるなんてね。この家、今『マジかお前もかよ!』って思ったわよ」
〈『ようやく静かになったと思ったのに!』って?〉 
「『鈴もどこかに部屋を借りるまでの繋ぎでとか言ってたよな!』ってね」
 本当にそう思っていた。年収で言えば元夫より私の方が多かったのだから、離婚して子供を抱えても、私一人の稼ぎで育て上げることは無理じゃなかった。でも、まだ小さかったやよいと二人だけで暮らす心の余裕も勇気もなかったので帰ってきたら、子育ての部分ではものすごく楽だったのでそのままずっと居着いてしまっている。
「優ちゃんも、もちろん一緒よね?」
 お母さんが訊く。
〈うん。優も阿賀野の籍に入れます〉
「そう決めたか」
「いつからにするの?」
〈区切りのいいところって考えると、優が年長さんになる次の春にそっちの幼稚園に入れるのがいいのかなって思ったのだけれど〉
「区切りか」
 三人して少し考えてしまった。

(つづく)
※次回の更新は、7月11日(木)の予定です。