第四回 ⑤

ムーンリバー

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前回のあらすじ

真下蘭、27歳。夫の晶くんが事故死してからも、婚家で暮らし、〈デリカテッセンMASHITA〉を手伝っている。真下家で暮らすのは心地いいし、義理の両親も義兄弟もこのままでもいいと言ってくれるけど、一年経って、私は決断を下した。そして「私も、このまま真下家で暮らしたい、っていう気持ちは確かにあるのですけれども、阿賀野の家に戻ろうと思います」と皆に告げた。

イラスト 寺田マユミ
イラスト 寺田マユミ

「それは」
 響くん。
「蘭さんが、そうしたいの?」
 響くんが訊いてくるとは思っていなかった。
「そうしたい、という強い思いがあるわけじゃないの。そうしなきゃダメだって思ったわけでもないんだ」
 響くんに言ってから、お義父さんお義母さんに向いた。
「進んだ、と思える方を選ぼうと思いました」
「進んだ?」
「はい」
 留まるのではなく。
 晶くんのいなくなったこの家で、ずっと晶くんの影を抱えながら真下蘭として生きていくのじゃなくて。
 真下晶という素晴らしい人を夫に持ち共に日々を過ごした、一人の女性として生きるために。
「元々暮らしていた実家に帰る、阿賀野蘭に戻る。じゃなくて、晶さんのいない暮らしを自分から作っていこうと思いました。それが、進んだということになるんじゃないかって」
「阿賀野家に帰らないの?」
 後ろから、翔さん。
 言いながら動いて、響くんの隣に腰を下ろして私を見た。
「帰ります。手順としては。いきなり優を連れて一人で暮らし始めるのは無謀でしかないですし、優も可哀想ですから」
「そうだね」
 うん、って翔さんが頷いた。
「だから、まずは優を連れて阿賀野家に帰ります。私自身も阿賀野蘭になって、優もです。でも、そこから改めて、優と一緒に自立して生きていくための準備を始めます」
 阿賀野蘭に戻って、そうして新しい自分の暮らしを作り始める。そういう決意を持って行かないと。
「いいと思うよ。すごくいい。やっぱ蘭さんはいい子だ。いい女だ。さすが晶が選んだ女性だ」
 翔さんが、大きな笑顔で言う。
「褒めても何も出ませんよ」
 笑う。
 お義父さんが、少し息を吐いて、淋しそうな笑顔を見せた。