「ちゃんと、ご飯とか食べているんですか?」
「うん?」
「大学生で、一緒にいる時間なんかほとんどないんでしょうけど、その、きちんとした毎日の食事とか」
 あぁ、って笑う。
「朝だけだな。朝ご飯だけはきっちり二人で作ってる。まぁ作るっていってもサラダとパンに目玉焼きにソーセージとかベーコン焼いてとか、あとヨーグルトとか、そんなもんだけどな。牛乳とか」
「昼も夜も別ですもんね」
 大学生でお弁当作りもないだろうし。
「だな。夜もたまに作れるときには作ってるが。意外と俺は料理できるんだぞ?」
 知ってます。学生の頃にはバイトで厨房に入っていたんですよね。洋風なものなら大抵のものは作れるって。
「まぁしかし、普通の家庭のお母さんのようにはできないが、それはそれだ。もう奴も大人だし、俺は老人への道まっしぐらだし」
 五十二歳。まだ老人には全然早いですけれど。
「士郎くん、どうなんでしょうか。離婚したことについて、何かそれについて話をしたりしますか?」
 二歳のときに離婚。そして再婚して新しいお父さんができたのは小学校のときだって知ってる。
 その間、士郎くんは越場さんとは何度か会っているはず。
「自分がどう思って大きくなったかって、感じの話か?」
「そんな感じのことです」
 うん、って越場さんが頷く。
「やよいちゃんも、今は士郎と同じ立場だからな」
「そうです」
 私と元夫のせいで、彼女は父親を失ってしまっている。元夫は、子供にはいい父親でいたはず。優しいお父さんだったと思う。私へのハラスメントを子供にも見せてしまっているという点は除いての話だけど。
 やよいには悪いことをしてしまっている、というのはずっとある。今も。
「そこは、本当にわからん」
「何も話していませんか」
「話は、してる」
 両親が別れてしまったということは、悲しいことだったって。
 お父さんがいなくなって淋しかった。新しいお父さんができたというのも、何か自分は友達とは違うんだっていう意識があって少し嫌な感じもあった。
「そういう話は、した。ただ、それが今の自分に何かとんでもなく大きな影響を与えたか、っていうのは自分でもわからない、と」
「わからないんですか」
 苦笑した。
「そう言ってる。そもそもその頃の自分が何を考えていたかなんて、思い出せないってな。若いってそんなもんだと思うぞ。今の自分の状態に、満足ではないがとんでもなく欠けたものがないんであれば、傷なんか思い出せないもんだろう」
「そう、でしょうかね」
 そんなものかな。
「親が別れてしまった、というのをやよいちゃんがちゃんと受け止めていて、今の暮らしに何か徹底的に欠けたものがないのであれば、そう気にすることはないとは思うな。いや、これも子供が大きくなったから言えるのかもしれんが」
「そうですね」
 彼女に欠けてしまったものは、父親という存在。それを彼女は、どう受け止めているんだろうか。
 そんな話はしたことはないけれど。
「三年生、だったよな」
「そうです」
 九歳。急に少女らしくなってきた。
「あれだな、今度飯でも食うか」
「飯?」
 今食べていますけど、食べ終わりましたけど。そろそろ社に戻りますよね。私は神保町に向かいますけど。
「うちの息子と、君の娘と」
「え? 四人でですか?」
「あいつは教育学部だからな。子供と触れ合うのも勉強の一環だ。そして、同じ立場だからさ二人は」
 何か、親にはできないような、あるいはわからないような話や感じ方を受け取れるかもしれんだろうって。
 そうはならなくても、お母さんと一緒に働いている人と会っていろいろ話をするのは、何かしらやよいのためになるんじゃないかって。

(つづく)
※次回の更新は、5月23日(木)の予定です。