第二回 夜は眠れなくて

母へ

更新

前回のあらすじ

あなたが、白血病と診断されたのは、去年の年末のことでした。それからあなたの抗がん剤治療が始まりました。僕はそれを電話で知らされたあと、東京湾のそばを呆然と歩き続けた覚えがあります。

拝啓

母へ

 前回、子供の頃に住んでいた湘南のマンションについて書きましたね。あの後、僕は久しぶりにあそこに行ってみました。けっこう、団地っぽいマンションですね。
 行ってみたら、敷地内にちょっとした広場があって、あの場所によく散歩の帰りに寄ったような気がします。お母さんは覚えていますか? 
 あのあたりは少し肩の力が抜けたような雰囲気で、京都にちょっと似ている感じもしますね。
 その後、海に行きました。マジックアワーの海が綺麗でした。マンションの近くは遊泳禁止だからかあまり人がいなくて、散歩するにはうってつけの穴場でした。

 さて、最近、僕は初めてパスポートを取得しました。そして、突然ですが、僕は今、アメリカのロサンゼルス、ハリウッドの近くに来ています。
 今回は、loundrawさんと石井さんがアメリカに行くのに引っついて、連れてきてもらいました(loundrawさんは、僕のこれまでの小説全ての装画を担当して下さっていて、最近はアニメーション監督としても活躍中のクリエイター、石井さんはloundrawさんと僕のマネージャーです)。
 ハリウッドのタイ人街でコンドミニアムを借りてみんなと共同生活をしています。
 アメリカは、良くも悪くもわりと自由です。
 ロサンゼルスの空はいつもスカッと晴れていて、今のところ、あまり陰鬱な気持ちになることはありません。
 毎日快晴で、日頃の慢性的な鬱々とした気分も、自然と晴れていくようです。
 昨日行ったベニスビーチは強く白い日差しに照らされ、波打ち際が眩しくきらめいていました。それを見て僕は湘南の海を思い出し、なんだか遠くまで来たなと感じました。子供の頃を思えば、自分が今こうなっているということが随分不思議に感じられます。

 今年の夏はビールばかり飲んでいました。
 ロサンゼルスは夜の九時、僕は真面目に仕事をするふりをして、あなたに手紙を書いています(でも、いや、これも仕事だったのだ、と今思い出しました)。
 思えば、我が家はあまり旅行に行かない一家で、僕が生まれてからは海外旅行に行くこともありませんでした。
 あなたたちが限られた家計の中から、生活費を切り詰めて、息子の教育費に回していたのを知っています。
 僕はいわゆる比較的教育熱心な中流家庭で生まれ育った一人っ子というやつで、あなたたちの、他の出費よりも息子の教育を優先させたいという気持ちが、僕という人間を育みました。

 ロサンゼルスでは楽しく共同生活をしています。僕はあまり友達を作るのが上手ではなかったですね。あなたは、僕に素敵な友達がたくさん出来ることを期待してくれていたかもしれません。「家にたくさんの友達が来て、ご飯を作ってあげるのが夢」だとあなたは言っていました。結局のところ、僕はあまりその期待には沿うことが出来ませんでした。僕は生涯を通して友人を作るのが苦手でした。

 幼稚園に入った頃から、僕のいじめられる人生も始まりました。あなたは、僕の挙動がおかしいので、いつも心配ばかりしていましたね。あなたは、僕がろくでもない子供なのでいつも謝ってばかりで大変でした。
 ところで、あの幼稚園には二階よりも高い異様に巨大なジャングルジムと滑り台があり、僕は昔は高いところが好きで、よくあそこから滑り降りていました。僕はあそこから転落して頭を打って気絶し、あなたが幼稚園に駆けつけたときにはベッドで寝ていましたね。特に命に別状はありませんでした。あの巨大滑り台は今は取り壊されましたね。
 ところでADHDと診断される人間は、幼少期に、頭をぶつけたり、感電した体験がある、という俗説があります。その説がどこまで妥当なのかはわからないですが、僕は昨年ADHDと診断され、現在は処方された薬を飲んでいます。最近は、薬のおかげか随分生きやすくなりました。
 まあ、要するに、僕という息子はADHD的な振る舞いが多く、あなたを疲れさせただろうなと思います。あの頃、本当はあなたは疲弊していたのかもしれないですね。

 ところで、近頃、僕は新作の小説を書く際に、人間の能力がどのような要因に規定されるかということについて、調べました。それによると、人間の能力というのは、主に、遺伝と非共有環境で決まります。
 これはつまり、生まれつきと、家の外の環境で決まるということです。親の教育が子供に及ぼす影響というのは驚くほど少ない、というのが僕が調べた限りのとりあえずの結論です。
 虫は親から育てられることは少ないですが、それでも立派に育ちます。

 親と子の関係にはどんな意義があるのか、と最近は考えます。