透明になれなかった僕たちのために

透明になれなかった僕たちのために

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 あなたの元を離れてからの僕はというと、正直なところ、あまりまともな暮らしはしていません。これまで独身男性として目一杯の雑な生活をしてきたような気がします。
 近頃、自分を大切にするのは難しいな、と感じます。自分一人だと、つい、あまりきちんとした生活をしなくてもいいような気がしてしまいます。自分のために栄養バランスが取れた食事を用意しようというモチベーションを保ち続けるのは難しい。僕は自分のためだけに真面目に生活することが出来ないみたいです。
 家族がいるというのはありがたいことだったのだなと素朴に感じたりもします。
 別に、家族がいてもいなくても、一人で生きていても、全然いいような気はするものの、ときどき寂しくなったりもします。

 大学生になってから恋人も出来て、実家に泊まりに来てもらって紹介したりしましたね。あなたはとくに二人目の恋人のことを気に入っていました。あの子と結婚したらいいのに、とあなたはよく言っていたような気がします。それからその子とは十六年くらい、付き合ったり別れたりを繰り返しますが、結局結婚することはありません。でも、大学を卒業してからも、その子は実家に来てくれたりします。あなたは自分のアクセサリーをその子にあげたりします。重いし嫌がられるだろうなと思ったけど、僕は黙っていました。まあ、それはまた後のことです。
 大学生になって、人と会って話すことが増えました。当時、僕は自主制作映画を撮ろうとしていました。自分の書いたものがどんな風に映像になるのか、実験して確かめてみたいという気持ちがあったのです。そのときに、人間関係の輪が広がっていく感じがしました。とくに映像制作の学科などとは異なる、学生サークルの自主制作映画は純粋に手弁当で、撮るには人望が必要です。いじめられていたこともあり、他人と関わるのが苦手で、誰とも口をきかないように過ごしていた僕ですが、そんな調子ではうまくいかない。映画を撮るためには他人に話しかける必要がある。というわけで、僕は知らない人に話しかけて映画に出て貰うように頼んだりしました。自主映画の撮影を手伝ったところで、他人にはたいしたメリットはありません。だから、そのプロセスを何かしら楽しんでもらえるイベントにする必要もある。そんな調子で飲み会を開いたり、それをカメラで撮影したりしながら、ぼんくら学生として時間を過ごしました。
 そのうち恋人も出来て、日々へらへらと時間を過ごしつつ、しかし、こんなことでいいのかなという不安とかぼんやりとした焦燥感もありました。何か一方で物凄く時間を無駄にしているのではないかという気持ちもあって、悩む日々でした。

 ともかく、こうして一人暮らしを始めてから、徐々にあなたと顔を合わせる機会は減っていきました。
 僕は随分と親不孝な人間に育ってしまったなという気がします。親を喜ばせるようなことは別にあまり何もしてこなかった。こんな息子になることを、あなたはあまり望んでいなかったような気がする。
 そういう息子になりたいという気持ちが全くなかったわけではなくて、僕は、すごく分裂している人間なのです。僕というのは実に中途半端な人間で、いろんな矛盾を抱えながら、あなたのそばにいたり、離れたりを繰り返した。それに、やっぱり、僕にはどこかずるいところ、甘えたようなところがあった気がします。困ったときだけあなたを頼り、元気なときはどこ吹く風、というような、放蕩息子気質があったというか。あなたはいつも口癖のように僕に「一人で大きくなったような顔をして」と言っていました。

 ほんとうはずっとそばにいてあなたをしあわせにしてあげたかった。

 今年の夏も蒸し暑く、部屋のエアコンの調子は悪く、外出先は冷房が寒すぎたり、屋外は暑すぎたり、湿度が高くてジメジメとしていて汗が止まらなくなったり、なんだか体力が奪われる過ごしにくい気候ですね。どうか体調に気をつけて、無理せず過ごしてくださいね。
 またそのうち電話します。

敬具

あなたの息子より

(つづく)
※この連載は、不定期連載です。