嵐で遭遇…フィリピンのバタン島に漂着後、現地で下僕となった男たちの物語など、文芸評論家おすすめの7作

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  • 魂婚心中
  • はじめてのゾンビ生活
  • バタン島漂流記
  • 使嗾犯 捜査一課女管理官
  • 六色の蛹

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

文芸評論家の細谷正充が、最新のエンタメ小説7冊をご紹介します。

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 あっという間に、今年も後半戦。読みたい新刊が、部屋に山のように積まれている。ということで今回も、力の限り取り上げよう。まずは芦沢央の『魂婚心中』(早川書房)だ。SFミステリーの短篇集である。冒頭の表題作は、魂婚や冥婚と呼ばれる死後結婚が一般的になった世界。死後結婚の相手を探す“KonKon”がメジャーなアプリとして広がっている。主人公は子供の頃から周囲の人とずれており、普通と思われる人を観察・擬態して生きている社会人女性。そんな主人公が、女性ライバーからアイドルになった浅葱にのめり込み、ネットを駆使してストーカーまがいの行動に出る。そして浅葱のKonKonのリア垢を発見したことで、暴走するのだった。

 いきなりエゲツない話である。世間とのコミュニケーションに難を抱え、浅葱への執着をエスカレーションさせていく主人公の気持ちが、あまりにも巧く描かれているために、ついつい同意したくなる。魂婚の設定も面白いのだが、やはり歪んだ心の行きつく先が読みどころだろう。その他、〈第六感〉というVRを進化させたようなシステムを使ったホラーゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)の頂上決戦を実況する「ゲーマーのGlitch」や、死後の人の行先を決める閻魔帳のシステムの穴を突く会社員の真意を描いた「閻魔帳SEO」、お嬢様と女中のシスターフッド物語に超能力を絡めた「九月某日の誓い」など、他の作品も最終的には人間の心に焦点が合わせられている。だからSFが苦手という人にも、本書を薦めたくなるのだ。また、「二十五万分の一」は、オチが綺麗に決まった切ないショートショートである。

 不破有紀の『はじめてのゾンビ生活』(電撃文庫)は、人間とゾンビの千年にわたる興亡史。幕間を入れて五十余の短い物語が、年代をシャッフルして詰め込まれている。たとえば第一話「女子高生、ゾンビになる」は人類の四割がゾンビになり、人とゾンビが共存している西暦二五一九年を舞台に、ゾンビの陽性反応の出た女子高生の新たな生活の始まりが綴られている。ところが次の「科学者は円環の夢を見るか」は、最後の人類がタイムマシンで過去に送られ、人類が滅亡する西暦三〇六八年が舞台なのだ。

 この調子で時代を行きつ戻りつしているうちに、人類が増加したゾンビに取って代わられる過程が見えてくる。最初は差別の対象だったゾンビだが、やがて新人類と呼ばれるようになり、月や火星の開発に専従するようになる。物語のキモは、ゾンビに生殖能力がないこと。これにより人類が滅亡すると、ゾンビの滅亡も決定するのだ。その人類とゾンビに加え、ロボットまで加わった千年史の先に何があるのか。読んでのお楽しみである。

 西條奈加の『バタン島漂流記』(光文社)は、江戸時代の実在の海難事故をベースにした「漂流記」である。寛文八年、江戸から尾張に戻る五百石の弁才船「颯天丸」は、嵐に遭遇して大海原を漂流。乗員は十五人。その中に、主人公の和久郎がいた。船大工になろうとするも挫折し、「颯天丸」で働く幼馴染の門平に頼んで、同船の平水夫になって一年。やっと未来に光明が差してきたときの災難であった。

 作者は漂流の様子を克明に描きながら、和久郎を始めとする男たちのキャラクターを読者に印象づける。そして「颯天丸」は、フィリピンのルソン島の北にあるバタン島に漂着。現地民との揉め事を経て、厳しい下男暮らしが始まる。日々を過ごすうちに、ふたりの仲間も失った。そんな中、和久郎たちは、故郷に帰るために動き出す。その帰郷の方法に、和久郎の設定を生かしているのは、ベテラン作家の腕であろう。和久郎たちが帰郷できたかどうか、ぜひとも本書を読んで、物語の結末を見届けてほしい。過酷な状況に立ち向かった男たちの姿と、たどりついた場所に胸打たれるのだ。

 ついでに付け加えるが、十五人という人数からも分かるように、本書はジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』を意識している(もうひとつ意識している部分があるのだが、ややネタバレになるので、そちらに触れるのは控える)。十五人が漂着した無人島で、知恵と勇気を駆使してたくましく暮らしていく『十五少年漂流記』に比べ、本書の漂流には現実の苦さが常に纏わりついている。だが、それがいい。まさに大人のための「漂流記」なのだ。

 松嶋智左の『使嗾犯 捜査一課女管理官』(ハルキ文庫)は、女性管理官・風石マリエ警視を主人公にした警察小説だ。人口およそ五千人のS県H郡辰泊町で、とんでもない事件が起きた。小学六年生の男子が、自分をいじめていた同級生を拳銃で撃ったのだ。いったいどうやって拳銃を手に入れたのか。撃たれた少年は軽傷だったが、マスコミが群がり、町は騒然となる。この事件の捜査を指揮するのが、管理官になったばかりのマリエである。癖の強い刑事たちや、いまひとつ頼りにならない上司に悩まされながら、地道に捜査を進めるマリエ。ちょっとした救いは同期の刑事が捜査に加わっていることだ。しかし事件を取材するファッション誌の女性記者から、同期の悪い噂を聞く。さらに中学三年の女子による、新たな発砲事件が発生。学校の副校長が死亡し、事件は混迷の度合いを深めていく。

 本書の美点は、手数の多いことである。ショッキングな事件と、サスペンスの継続する展開で読者を引っ張り、一連の事件の裏に潜む、極悪な使嗾犯を暴き出す。これだけでも読みごたえ抜群なのだが、事件の構図が明らかになった後に騒動を設定。最後の最後までストーリーから目を離せない。男社会である警察でマリエが出世を目指す理由など、元女性警察官だった作者ならではの注目ポイントも幾つかある。是非ともシリーズ化してほしい作品だ。

 櫻田智也の『六色の蛹』(東京創元社)は、昆虫好きのエリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)を名探偵役にしたシリーズの第三弾である。ハンターによるであろう誤射事件の起きた山の中や、雨宿りした花屋、短期で仕事をしている埋蔵文化財センターなど、いつものようにエリ沢は、行く先々で事件に遭遇する。ミステリーとしては、工事現場で発見された白骨を巡り、意外な真実が明らかになる第三話「黒いレプリカ」がベストだろう。一方で、日常の謎を扱った第二話「赤の追憶」、第四話「青い音」も味わい深い。いささか人付き合いが下手だが、事件の犯人や関係者の心に寄り添うエリ沢は、名探偵という枠組みを超えた人間的な魅力がある。謎解きの驚きと優しさに満ちたシリーズなのだ。

 実石沙枝子の『物語を継ぐ者は』(祥伝社)は、第十六回小説現代長編新人賞奨励賞を『きみが忘れた世界のおわり』で獲得しデビューした、新人の第二長篇である。主人公は、十四歳の本村結芽。いままで存在も知らなかった伯母が事故死し、遺品の整理に駆り出される。そこで伯母が、児童ファンタジー『鍵開け師ユメ』シリーズの作者、イズミ・リラだと気づいた。いじめに苦しんでいた小学四年生のときに出会い、自分を救ってくれた作品の作者が伯母だったとは! パソコンに入っていた刊行前のシリーズ第五弾を読み、舞い上がる結芽。だが完結篇となる第六弾は幻となった。やはりシリーズの愛読者の同級生と盛り上がった結芽は、なぜか第五弾の続きとなる物語世界に入り込んだこともあり、自分の手で完結篇を書こうとする。

 本好きの少女が、物語の世界に入り込み、さまざまな体験をして成長する。今では珍しくない設定だ。それを作者は巧みに使いこなした。シリーズの主人公である鍵開け師の少女・ユメになり冒険をする結芽(読み進めるうちに、そこが純粋な物語世界と言い切れなくなる)。一方で、性格の合わない母親との微妙な関係や、伯母が自殺した可能性など、現実世界の問題がある。母親とぶつかった結芽の家出先が書店というのは、実に本好きの少女らしくて共感するが、彼女にとっては切実な行動だ。やや予定調和のところもあるが、ちょっと読者の予想をずらしながら、満足できるラストへと導く筆力はなかなかのもの。将来の楽しみな新人なのである。

 樽見京一郎の『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~2』(一二三書房)は、異世界戦記の第二弾。以前の書評で第一巻を取り上げたが、好きな作品なので、再度書評する。オークを中心にした多民族国家のオルクセン王国。国王のグスタフ・ファルケンハインの指揮の下、長年の仮想敵国であった白エルフの支配するエルフィンド王国と、ついに戦争に突入。と思っていたら、戦争を始めるまでの準備と手続きが大変だ。ある理由で文明が発展しているオルクセン王国だが、大量の兵を鉄道で輸送するだけで、どれほど手間がかかることか。さらに兵の食事に馬の糧秣などの物資も必要。その輸送の過程が、みっちりと書き込まれているのである。でもこれが、やたらと面白い。

 また、他の人間族の国を納得させる、戦争のための大義名分についてもグスタフは考える。実は、エルフィンド王国に勝利した先に、人間族との戦争があると確信しているグスタフ。どこまで大局を見据えて動くのか。戦争に参加する個人の感情から、国家の動向まで描きながら、ついに本書のラストで開戦を迎える。激動になるであろう第三巻が待ち遠しくてならない。

 そうそう、野上武志が作画を担当したコミカライズ版の第一巻も刊行されている。最初はヒロイン的な位置にいるダークエルフ族のディネルースの絵に違和感があったのだが、読んでいるうちに気にならなくなった。こちらも次巻の刊行が待ち遠しい。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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