<書評>『エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』リー・マッキンタイア 著

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エビデンスを嫌う人たち

『エビデンスを嫌う人たち』

著者
リー・マッキンタイア [著]/西尾義人 [訳]
出版社
国書刊行会
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784336076199
発売日
2024/05/27
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』リー・マッキンタイア 著

[レビュアー] 風元正(文芸評論家)

◆陰謀論信者をユーモラスに

 リー・マッキンタイアは「現代人は『ポスト真実(トゥルース)』の時代に生きているのではないか」という問いかけから出発して一冊の本を書き、「今日の現実の否定のルーツが、科学の否定の問題に直接さかのぼれる」との結論を得た科学哲学者である。そして今度は、「科学を批判者から擁護する」策を実践するためオフィスを出て、まず「地球は平らだと主張する地球平面説(フラットアース)」の信者たちが集まる国際会議に潜入する。

 「気をつけなさい。私は人々の教化について研究したけど、球体主義者はみんな洗脳されているはずだから」という「創造主」を自認する高齢女性とか、ジェット機による移動の歴史はすべてインチキだと信じている若い男とか、「エビデンスを嫌う人たち」の生態がユーモラスに紹介されていて面白い。

 ひょんなきっかけで、隣人が隠れた陰謀論信者だと知る瞬間、ホラー映画的な恐怖を感じる。しかし、わざわざ他人の信念を変える行動にまで踏み込むかどうか…。マッキンタイアは、「科学否定論者」が「ポスト真実(トゥルース)」界の巨魁(きょかい)ドナルド・トランプの岩盤支持層であるキリスト教原理主義者と重なる厄介さを知っても躊躇(ちゅうちょ)しない。

 「対話」は、地球温暖化の元凶である石炭産業の労働者にまで及ぶ。すると、実はみなさん「気候変動否定論者」ではなく業界事情にも通じた知性ある市民であり、炭鉱で働くのはもっぱら家族を飢えさせないという経済的理由、という現実も学ぶ。矛先は右派だけでなく、リベラルに多い自然食信奉者に向かう。モンサント悪玉説やGMO(遺伝子組み換え作物)は危険という説はワクチン反対につながるのだから油断ならない。戦線は拡大する一方である。

 誠実な哲学者が研究室の外で、不屈の闘志をもって社会をリーズナブルな方へ動かそうとする姿は、アメリカ社会のリアルを映し出す鏡である。今秋の大統領選で、トランプがまた大統領になるかもしれず、その先の物語にも興味津々だ。

(西尾義人訳 国書刊行会・2640円)

1962年生まれ。哲学者。米ボストン大学研究員。著書多数。

◆もう一冊

『ポストトゥルース』リー・マッキンタイア著、大橋完太郎監訳(人文書院)

中日新聞 東京新聞
2024年7月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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