<書評>『シティポップ短篇集』平中悠一 編著

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シティポップ短篇集

『シティポップ短篇集』

著者
片岡 義男 [著]/川西 蘭 [著]/銀色 夏生 [著]/沢野 ひとし [著]/平中 悠一 [著]/原田 宗典 [著]/山川 健一 [著]/平中 悠一 [編集]
出版社
田畑書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784803804300
発売日
2024/04/10
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『シティポップ短篇集』平中悠一 編著

[レビュアー] 佐谷眞木人(恵泉女学園大学教授)

◆豊かさへの憧れと孤独

 近頃、1980年代のシティポップがブームになっているが、本書は、その頃に書かれた都会的な小説から珠玉の短編を選んだアンソロジー。懐かしさより、忘れてしまっていた遠い記憶が蘇(よみがえ)るような新鮮さがある。街角で偶然、昔の友人に出会ったような。

 片岡義男、川西蘭、銀色夏生(なつお)、沢野ひとし、原田宗典、山川健一と、編者でもある平中悠一の7人による9編の小説は、若い男女の出会いや交際や別れを、軽やかな筆致で淡々と描いている。どこか現実離れした感じがあるのは、ちょっと背伸びした空気を纏(まと)っているから。そこには、80年代という時代の夢が封印されている。

 編著者の平中悠一は17歳のときに書いた「She’s Rain」で84年、文藝賞を受賞し、爽やかで少し気取った小説を書いていたが、世紀の変わる頃にふっつりと消息を絶った。パリに行ったという噂(うわさ)だったが、日本近代文学の研究者になって、私たちの前に戻ってきた。だから、彼には作家と研究者の二重性があって、そこに本書の魅力もある。80年代の日本社会は、何を夢見ていたのだろうという視点だ。

 そこには豊かさへの憧れとともに、誰もが小さな孤独を抱えていて、互いに過度に干渉しないというルールが示されている。少しメランコリックな気分こそが、時代の空気だった。それは、日本社会が高度経済成長のあとに手にした豊かさの果実だった。振り返ると80年代は戦後文化のピークだった。文学、音楽、演劇、ファッション、どの分野も一番豊かな稔(みの)りがあった時代。

 本書には「解説」ではなく「ライナーノーツ」が付されていて、平中悠一による「1980年代都会小説オールタイム・ベスト」であることがわかる。1枚のCDを作るように慎重に作者と作品が吟味され、配列が工夫されており、装丁も含んで本書は平中悠一の「作品」でもある。ちょっとお洒落(しゃれ)で、さらっと読めて、ふっとため息をつくと、心に静かな寂しさが残るような、そんなウエルメイドの作品集に仕上がっている。

(田畑書店・2750円)

1965年生まれ。文学研究者、作家。著書『ギンガム・チェック』など。

◆もう一冊

『「細雪」の詩学』平中悠一著(田畑書店)。東京大大学院に出した博士論文がもと。

中日新聞 東京新聞
2024年6月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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