森で失踪した5歳男児が1週間後に発見され「クマさんが助けてくれた」と証言…罪を犯した大人と謎が潜む長編小説『笑う森』とは

直木賞作家・荻原浩最新長篇『笑う森』刊行記念特集

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 直木賞作家の荻原浩さん2年ぶりの新作長編『笑う森』(新潮社)は、樹海のような「神森」で行方不明になった5歳児の真人まひとを捜索する場面から始まる。

 1週間後に発見された真人は健康状態に問題はなく、「クマさんが助けてくれた」と語るのみ。そして同じ時、神森には曰くつきの男女4人も迷い込んでいて……。

 真人の叔父・冬也とうやは、他界した兄である真人の父に代わり真人の空白の時間を埋めるため、また真人の母・岬を誹謗中傷する人物を特定するため、調査を始める。

「森を舞台に、人を描いた」と荻原さんが語る本作は、誰もが抱く拭えない過去を浄化に導く希望の物語で、ラストシーンでは「号泣した」という声が続々届いています。不安と闘いながら本作を書き抜いた荻原さんに、その胸の内をインタビューしました。

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笑う森

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 ―『笑う森』の主な舞台は「樹海のような」存在である神森です。本作はどこから構想を得たのでしょうか。

 最初に思い浮かんだのは、「森」でした。昔からずっと植物に興味があって、自分で育ててもいます。植物を愛でるわけではなくただ触れていると、彼らは動いてはいないけれど呼吸して、活動していることが分かります。ならば、人間のように脳で考えてはいなくても、何かを感じているのでは、木の集合体である森には言いたいことがあるのではと思っているうちに、今回の小説に繋がりました。

 ―神森の描写は美しくて、同時に夜の森はとても怖いんだなと感じました。

 樹海には、小説の季節に合わせて紅葉の頃、実際に足を運びました。素人が勝手に潜入すると迷うこともあるらしいので、樹海ツアーに参加したら、夜のツアーも開催していると教えていただいて、2回行ったんです。ガイドさんが付いてくださっていても、はぐれたらどうしようと不安になるほどでした。何も見えないのに、物音もするし…。当日はそれほど月は出ていなかったのですが、星だけでも明るくて、森の中より空の方が明るいんですよ。星明りだけでもこれほどなら、月明りはもっと明るいだろうなと、作中では満月の設定にしました。それから森を起点に、森の中に曰くつきの男女が迷い込み、森の中に入り込んだ小さな子供もいて、という風に次々と降りてくるイメージを繋げていきました

 ―物語は、神森で行方不明になった真人という5歳児を捜索する場面から始まります。そして、捜索1週間後に真人は無事発見されます。

 以前ネットで、北米で真人より幼い子供が森に迷い込んで救出されたとき、「クマさんと一緒にいた」とだけ語ったという記事を読んだことがあるのですが、それからずっとその子のことを考えていたんです。「クマさん」って何だろう、本当の熊なのかな、人間なのかもしれないし、霊的な存在なのかも…と。なので真人は、森で精霊のような存在になってしまい、別人格になって帰ってくるという設定にしようかとも考えました。SF的な作品にしようかなと。けれども、迷い込む大人や真人をとりまく人たちなど、多くの人物が登場するなら、スピリチュアルな展開ではなく、彼らの「人間ドラマ」をしっかり描かなければと思い至ったんです。なので、今回は森を舞台に、人を描きました。

 ―本作は、神森に迷い込んだ4人の男女の視点でそれぞれが真人とどう接触していたかを語るパートと、シングルマザーである母親のもとに帰ってきた真人の言葉を頼りに、真人の叔父・冬也が森で行方不明になっていた1週間、真人の身に何が起きたのかを探るパート、この2つの自制の違う軸で構成され、それぞれの視点で話が進んでいきます。迷い込んだ4人の男女、美那、理実さとみ谷島たにしま、拓馬の造形は、少しずつ出来上がっていったのでしょうか。

 森に深夜行く用事があるとするならば死体遺棄かなと、恋人をうっかり殺してしまった美那が。昼夜問わず1人で森に行くのなら、自殺のためかなと学校教師の理実が。誰かから逃げて森に迷い込む場合、追われて一番怖い存在はヤクザかなと、谷島が浮かんできました。谷島は当初ヤクザではなくヤクザ専門の税理士にしようかとも思ったのですが、アクション色を入れるために、ヤクザにしました。YouTuberの拓馬は、真人の母親・岬を毒母だと誹謗中傷する人を特定させるために登場させました。