―冬也のもうひとつの目的は、ネットで誹謗中傷する人々を特定することでもあります

 キャンプ場で女の子が行方不明になった実際の事件で、彼女の母親が大変なバッシングを受けていましたよね。ああいうのは許せないし、許してはいけない。被害者の方が叩かれているのを見ると腹立たしくて、いつか見てろよって。なので本作では、裁判所やプロバイダーという組織の力を借りずに、藪の中にある真相を掘り下げて解き明かし、背後からトントンと犯人の肩をたたいて、「見ているよ」と伝えたかったんです。匿名で人をたたくのは簡単だけど、卑怯だと、僕は思うので。

 ―これだけの舞台で多くの登場人物を扱いながら、1年近くの長期にわたり「週刊新潮」で連載している最中、荻原さんご自身は、どういう想いだったのでしょうか。

 いい加減に書いたわけではもちろんありませんが、確固たる何かがあったわけではなくイメージから出発した上に、週刊誌連載だったので、都度思いついたことをアドリブ的に書き進め、毎回ひとつ山場を作るようにし、とにかく集中して書き続けました。時間や場面や視点がすぐ切り替わるので、読者の方に分かってもらえるかなという不安はありましたが、その調整は単行本化の時にしようと、連載中は走りきりました。連載終了後にトータルで読み直す時はドキドキしましたが、まとまっていましたし、内容に納得もできたので、少しは自分を見直してもいいんじゃないかなって(笑)。
 実はこの数年、物忘れがひどくなり、ボキャブラリーもあまり出てこなくなっていて…。あと数年で引退かなと、ちょっと自信がなくなっていました。会社員だった友人達がどんどん仕事を引退していったのも大きいですね。グループLINEで近況報告をしてくれるのですが、悠々自適な生活がうらやましくて。僕はいつまで仕事をしないといけないんだろうと。だけど、本作を書けたことで、まだ大丈夫かなと思うことができました。

 ―タイトルに込めた想いを教えてもらえますか。

 以前、「山笑う」という俳句の季語を聞いた時、山が大きな口を横に開けて地鳴りのように笑っているイメージが浮かんだのですが、今回、それをふと思い出したんです。山が笑うなら、森も笑ってもいいのかな、ならタイトルは『笑う森』かなと。本作は人間ドラマですが、それを見ながら最後まで森は笑っているように思うので、そういう意味も込めました。

 ―最後に、読者の方に一番伝えたいメッセージは何でしょうか。

 主人公の1人である真人は発達障害、ASD(自閉スペクトラム症)児です。そういう設定にしてしまったからこそ、発達障害や自閉症のことについては、森や、他のどのことより調べて、たくさんの資料を読み込みました。その上で真人は、そういう性質であるが故に、森に連れて行かれてしまったけれども、個性が強みとなり森で1週間生き延びることができたのではないかという気持ちで書きました。 
 僕は当事者ではないので、子供の障害について書いたことに関して、後ろめたい気持ちももちろんありますが、だからこそこの部分は一番気を張って、書きました。『笑う森』は、大人たちの色々な人生、そして5歳の男の子の人生について書いた物語です。真人はこれから、自分の持っている力を活かして生きていけるだろうと、僕は信じています。

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