【初公開ラフ付】『運良く大ヒット』ではプロデューサー失格…「ユーザーさんは‟友達”ではない」ゲーム会社Laplacianの成功法則

『天才少女は重力場で踊る』刊行記念特集

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 天才×美少女×タイムパラドックス×暴走する量子=世界を揺るがす青春小説&ちょっとミステリ
 と、その筋の人にはたまらない要素天こ盛りの惹句で発売された、『天才少女は重力場で踊る』。

 著者の緒乃ワサビ氏は、Laplacianというゲーム制作会社の代表で、代表作『白昼夢の青写真』は、その重層的な物語構造だけでなく、ビジュアル、サウンド、演技など、すべてにおいて狂気のごとき作り込みと完成度で、ユーザーの度肝を抜いてきた。
 ノベルゲームの世界では既に知られた存在であるが、小説家としてはこれがデビュー作となる。
 デビュー作の発売を記念して、小説からゲームまで語り尽くした著者インタビューを、3回に分けて大ボリュームでお届けする。

聞き手・新井久幸(担当編集者)

プロデューサーの条件

天才少女は重力場で踊る

天才少女は重力場で踊る

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―制作会社のプロデューサーとしての見方も、凄くシビアで冷静ですよね。

 プロデューサーって、想定より売れないのはもちろんダメなんですが、逆に本人が想定していた以上に売れまくっても、やはりダメなんです。「なんかヒットしちゃったよ」というのは、一見素晴らしいことに思えますが、再現性が組織の中に残らない。どんな名プロデューサーでも確実にヒットを出す事なんてできないですから、せめて何がどのくらいの規模で起こり得るか、実際に何が起きているのかは、自分なりに言語化しないといけない。そこまでやっても結果論にしかならない業務ですから、自分の中に仮説だけでも持っておかないと、いつまでも運ゲーから抜け出せない。
『白昼夢』は、いつまでも棚に並んでいる定番商品を作ろう、というのが目論見でした。
 最初は、前作より初動がちょっと落ちてしまって、「凄く面白いものが作れたのに、こんなもんか」ってがっかり感が正直あったんですが、PC版の発売から4年たった今、「こうなるために作った」という当初の想定にかなり近い状況です。
 でも、こうして小説のお話をもらったり、朗読劇の展開があったりするので、上振れしてる感覚はありますね。

―緒乃さんは、経営者としての面、クリエイターとしての面の両方を持っていますが、どうやって両立させたり、チェックし合ったりしてるんですか。

 グラデーションですね。同時に成立させるのは、なかなか難しくて。今みたいに、小説や朗読劇の告知が続いたりすると、どうしてもそっちが気になって、プロデューサーの人格が強くなってしまいます。午前中は原稿を書こう、とは思ってみても、なかなか上手く切り替わってくれない。

―クリエイターとして完成度を求めると、発売が延びて経営を圧迫する、という事態が往々にして起こりそうですが、そういうときの判断はどうしてるんですか。

 うちは100:0でクリエイター至上主義ですね。このままじゃ面白くないから出せない。しょうがない、お金を用意しよう、となります。もちろん、それにも現実的な限度はありますが。
 お金も含めて、自分の始末は、組織の代表である自分で付けるという座組になってるから、割り切れるし、踏ん切りもつくんだと思います。自分の判断だから、数千万円すっても諦めがつく、みたいな感じです。

アインシュタインが好きだった

初公開! 三澄翠のキャラデザラフ(ぺれっと版)
初公開! 三澄翠のキャラデザラフ(ぺれっと版)

―もともと、バリバリの理系ですよね。

 そうです。理学部でした。

―しかも、宇宙物理でしたよね。

 子供の頃からアインシュタインが大好きで。最初は生き方や言葉に惹かれて、それから「この人は何をした人なんだろう」って興味を持って、物理をやり始めたんです。アインシュタインが作れなかった、「統一場理論」を代わりに自分が作ってあげようと思って物理学科に入ったんですが、全然ダメでした。

―『天才少女は重力場で踊る』に出てくる主人公の大学生、物理学科の万里部まりぶ君みたいな感じですか。

 そこはちょっと恥ずかしいんですよね。ちゃんと自分と距離を取ってエンタメ作品を作ろうと思っていたのに、蓋を開けてみたら、結構自分が出ちゃってて。

―学生時代、周りに「こいつはやっぱり違うな」みたいな人はいましたか?

 学生じゃないですけど、ゼミの指導教官がそうですね。とにかく頭の回転が速く、理路整然としている。いまでも、自分が会った中で一番頭のいい人だと思っています。

―学生ではどうでした。

 学部レベルでは、意外に分からないんですよね。そのくらいの段階だと、最終的には真面目に勉強した人が好成績を収めて首席になる。ただ、そういう学生とは別に、「寝ても覚めても物理のことばっかり考えている」って奴はいて、これは自分にはできないと思いましたね。そんな環境の中で、物理とは別の面白いことに目が行くようになった、というのはあるんじゃないかと思います。

―ドイツ語でアインは1、シュタインは石ですから、万里部君の指導をする一石かずいし教授は、完全にアインシュタインですね。

 名前もそうですが、風貌もパイプも、あと、本人はヴァイオリンで一石はギターですが、楽器を弾くところも、完全にアインシュタインです。

―実は、一石以外も、名前の由来って色々あるんですよね。

 そうですね。三澄翠は、元々は三角翠(さんかく・すい)だったんです。さらに遡れば、三角形(みすみ・けい)。でも、三角形はさすがにどうかという話になり、地の文での三角も、「さんかく」と読んじゃうだろうというので、今の名前になりました。

―万里部君の名前には、願いもこもっていて。

 万単位の部数が売れるように、ですね。でもフルネームは、マリブコークのもじりなんで、もはや駄洒落になっちゃってますね。

激レア・幻の三澄翠キャラデザ(霜降版)
激レア・幻の三澄翠キャラデザ(霜降版)

天才とは自分の価値が分からない人

インタビューは刊行前の6月6日に行われた。
インタビューは刊行前の6月6日に行われた。

―『天重』の主要登場人物である一石も三澄も、いわゆる「天才」ですが、緒乃さんにとって「天才」というのはどういう人ですか。さっきのゼミの教授は天才ですか?

 ちょっと違うかもしれませんね。物凄く頭がいい人と、天才ってやっぱり違う気がします。天才は、負の面もはらんでいる言葉というか。
 自分のやっていることを自分ではちゃんと理解できていない、というのが天才の条件なんじゃないかと思います。

―自分が何をしているか理解している人は、天才じゃない?

 自分の行為や、その価値を高精度で認識できる人は、天才感が薄れてしまう気がします。エンタメ業界でいえば、「こうすれば嬉しいでしょ」みたいな感覚は、天才にはなさそう。その辺りの違いは、作中の登場人物にも表れてるかなと思います。
 インドの数学者で、ラマヌジャンっているじゃないですか。ちゃんと理解してないけど、なんとなく色んな数式とか理論を発見しちゃった人。こういう人は、分かりやすく天才ですよね。途中経過なく答えを出せちゃうんでしょうね。いや、途中はあるんでしょうけど、説明ができない。自分が何をしたか、よく分かってないところがある。でも、それが好きでひたすらやっている。

―好きで楽しくてひたすらやっているということで言うと、三澄はそうですね。

 自分自身、三澄翠は凄く好きなキャラクターです。それは、「この作品は結構上手くいくんじゃないか」と思えた理由でもあるんですけど。

―核心に触れない程度に、好きなポイントを挙げるとどんなところですか?

 まず、ラストシーンが気に入ってます。それから、部屋とか食事のところですね。あそこは、書いていて楽しかった。詳しくは言わないでおくので、読みながら「ああ、ここか」と思っていただければ。

―書くとき、特に気をつけていたことはありますか?

 読み手の感情の起伏が、ずっと平坦にならないようには意識しました。静的なシーンが続いたら、切り返しになるイベントを差し込むように、と。もちろん、常に意識してることなんですけど、目の前の場面を一字一字書いているうちに、ついつい忘れちゃうんです。
 あとはなにより、ヒロインの魅力の最大化です。青春ものですから、ヒロインである三澄を好きになってもらえるように、というのは大事にしました。だから、まずは自分自身が三澄を好きになれて一安心です。

―読者やユーザーという存在を、どう意識していますか?

 まず浮かぶのは、「友達ではない」、ということですね。友達だと思っていると、おかしなことになってしまう。友達同士は「こう言って欲しい」と思ってるときに、欲しい言葉をもらえなかったら、怒れる関係性じゃないですか。でも、ユーザーさんとはそういう関係性ではない。だから何を言われても、なんとかやり過ごせるんです。Laplacianというブランドを、ユーザーさんとの距離は近く、業界の悪ガキみたいな立ち回りで運営してきたので、ここの意識は徹底していますね。ユーザーさんは、少なくとも友達ではない。

―最後に、今後の予定を教えて下さい。

 いま書いているのは『白昼夢の青写真』の次のゲーム作品です。今までで一番、期待が高まっている状態だし、開発予算もこれまでで一番潤沢で、ブランドとしては勝負に出る一作です。直近の予定だと、8月3日に、『白昼夢』の朗読劇の再演があります。去年より広い会場なので、ビジュアルノベルに興味が湧いた方は原作を触ってから是非いらしていただきたいです。
 小説も、この本がちゃんと売れて次も書かせてもらえるとなったら、すぐにでも書きたいと思ってます。

○公演情報
「朗読劇 白昼夢の青写真 CASE-_ 誰が為のIHATOV」

・公演会場
山野ホール(東京都渋谷区代々木1-53-1)
・公演日程
2024年8月3日(土)
・出演
浅川悠/三宅麻理恵/杉崎亮/福島潤/金城大和
・テーマソング歌唱 Hinano
・スタッフ
作・演出 緒乃ワサビ
原画 霜降/ぺれっと
スクリーンレイアウト 上都河希
サウンドディレクター Muu Dogg
主催・企画制作 ポニーキャニオン


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