名前のついていない芸術に挑戦している感覚

左:渡辺大知 右:成河 撮影:田中亜紀
左:渡辺大知 右:成河 撮影:田中亜紀

 成河ソンハさん、門脇麦さんと僕が主演する舞台「ねじまき鳥クロニクル」の初演はコロナ禍の2020年で、今回は再演です。演出は初演と同じ、イスラエル人のインバル・ピントとアミール・クリガー。彼らをはじめ、面白いクリエーターの方々と仕事をしていると、常に形がまだない、名前がまだついていない芸術に挑戦している感覚になるというか…。舞台は舞台ですが、果たして演劇と呼んでいいのか危うくて、「芝居」という言葉では括りきれない作品に挑戦している気がします。
 なぜなら、今作で物語を推進しているのは、役者の台詞や表情ではなく、身体そのものであり、舞台装置であり、その時々に流れる空気であって。敏感に感じ取っていないと逃してしまう部分が、物語を推進させるための重要な役割を担っているんです。むしろ台詞はそれらに抗うように、装飾として、色付けとして存在していて、そういう観点からも今作は、芝居とは違う次元に存在しているように、僕は感じます。
 それはやはり、インバルという演出家が、言葉にならないものの力を信じているからでしょう。けど同時に、人が生きていくためには言葉はとても重要です。だからそのいい塩梅を僕たちは日々探しています。
 インバルは最終的には人間を描きたいはずなんです。彼らと僕では使う言語が違うけれども、演技からアイディアを伝えあうことはできる。言葉は大事だけど、一番大事なわけではない。人と人が理解しようとするときに胸の中で動く気持ちを突き詰めて、インバルはこの舞台では表現しようとしているのではないかと、僕は考えています。言葉で伝えようとすると、すごく膨大な量の言葉が必要ですが、語れば語るほど気持ちが伝わらなくなることも、ありますからね。

興味をもって出会ってきたものを再び信じられるようになった

 初演のとき、僕の演技という観点では、初めて演じたときは、まっさらな場所にちょっとずつパズルのピースをはめていくような、途方のなさを感じていて、面白いかどうかもわからなかった。けれども、手元にピースがあるんだからはめていかないと、という感じで挑んでいましたね。想像できなくても、ピースが揃っていくのは快感でした。
 最後の1ピースをはめて完成したとき、自分に与えられたすべてのピース、その細かい欠片は、作品全体にとってとても重要な部分だったと気付かさせられました。一つ一つの何てことのない何の絵にもなっていない、何の言葉にもなっていないようなピースがすごく重要だったんです。
 そして、村上春樹さんの長編小説が原作なので、その小説を最初に読んだときに僕の中で起きた体感を、大事にしています。かなり前に読んだので、うろ覚えな部分もありますが、高揚感や瞬間的に感じた疑問は残っていますね。
 とりわけ読みながら、文字で書かれているのに、文字で書いていないような、絵を見るような、音楽を聴いているような感覚になって。文字を情報として追っているわけではない体感があって、原作のそういう部分をこの舞台で掬い取っているのかもしれません。それを舞台にかかわる皆で、言葉で書かれているけれども言葉ではないところに落とし込んでいて。彼らと一緒に体感し、時には一緒に僕もアイディアを出しながら、作っていけるこの時間は、すごく幸せです。
 この舞台で僕は、今まで僕が興味をもって出会ってきたものを再び信じられるようになり、まだまだ新しいものを見ることができるんだとワクワクしています。僕にとってこの舞台は、クリエイティブというものを信じてきてよかったなと思える存在です。そして、人と何かを作る喜びに満ちている。一人で部屋にこもって小説家を夢見ているだけで終わらなくて、良かった(笑)。
 僕は自分の側というか、周りからどう見られてきて、何をやったら一番向いているか、よくわからない。自分の好きなことを色々と掘り下げてきたので、僕の中の研究対象については詳しいんですが、その過程でいろんな人と出会ってその縁をつないで生きてきたからだと思います。
 だからこれから先も、縁や出会いを大事にしながら、幼い頃のように気付いたら辿り着いている、そういう風に、これからも進んで行きたいです。

渡辺大知(わたなべだいち)
1990年8月8日生まれ。兵庫県神戸市育ち。
ミュージシャン・俳優
高校在学中の2007年にロックバンド「黒猫チェルシー」を結成。ボーカルを務める。
2010年にミニアルバム『猫Pack』にてメジャーデビュー。
音楽活動と並行して俳優としても活動を拡げ、
映画『色即ぜねれいしょん』(2009年)では日本アカデミー賞新人俳優賞授賞を受賞。

公演情報

ねじまき鳥クロニクル
原作 村上春樹
演出・振付・美術 インバル・ピント
脚本・演出 アミール・クリガー
脚本・作詞 藤田貴大
音楽 大友良英
出演  成河/渡辺大知 門脇 麦
大貫勇輔/首藤康之(W キャスト) 音 くり寿、松岡広大、成田亜佑美、さとうこうじ、吹越 満、銀粉蝶 他

東京・東京芸術劇場プレイハウス
2023年117()26()
大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
2023年121()3()
愛知・刈谷市総合文化センター大ホール
2023年1216(土)・17日(日)