夢が現実になった小学校6年生

 小さな頃から、お絵かきや本を読むことが大好きで、毎晩、絵が上手だった父には漫画のキャラクターを描いてとせがみ、母には絵本を何冊も読んでとおねだりするような子でした。喘息ぜんそくもちで身体がとても弱かったので器械体操を習っていたのですが、床運動は演技種目なので小さい頃から演技もしていたことになりますね。ちなみに太夫が座っている舞台はゆかと呼ぶので、文楽を始める前から床で演技をしていたわけで、床つながりって言ってもいいかな(笑)。物語に携わる仕事に就きたいという漠然とした夢が現実に変わったのが、小学校6年生の時でした。
 総合学習の授業で1年間、地域の伝統芸能である文楽を学ぶことになったんです。先生は人形遣いで人間国宝の桐竹勘十郎きりたけかんじゅうろうさん、太夫の六代目竹本織太夫たけもとおりたゆう兄さん、三味線弾きの鶴澤清馗つるざわせいきさん。レクチャーだけではなく演目指導もしていただき、最後の授業は発表会。保護者や後輩の前で1年かけて学んだ演目「五条橋ごじょうばしだん」(「鬼一法眼三略巻きいちほうげんさんりゃくのまき」より)を披露しました。
 牛若丸うしわかまる弁慶べんけいが出会うお話で、私は太夫として牛若丸を演じました。学校の体育館に特設された床に上がった瞬間、私にスポットライトが当たって、みんなが私を観ていて、いつもとまるで違う視界が広がっていて、あぁ、なんて気持ちがいいんだって思ったんです。
 発表を終えた私たちに勘十郎さんが「君たちは1年間お稽古をしたんだから、いつでも楽屋に来ていいからね」言ってくださって。昂揚感のまま、その言葉を本気にした私は、国立文楽劇場の楽屋に遊びに行くようになりました。ある時、織太夫兄さんに「好きやったら、やってみる?」と言っていただき、「はい!」と。即答でしたね。手を伸ばすだけだった夢から、初めて手を差し伸べてもらい、現実になった瞬間だったので、迷いなんてひとつもありませんでした。両親も反対することなく、気持ち良く背中を押してくれました。感謝しています。