愛するということは

愛するということは

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 三日後、今度は里美に連絡を入れて、仕事帰りにアパートへと向かった。玄関の脇の窓の明かりを確認して、チャイムを鳴らす。
「おかえり」
 扉を開けたのは汐里だった。
「あ、こんばんは」
「しんじょさん、おかえり」
 この家で「ただいま」と言ったことはなかった。
「ただいま」
 そう言うと、満足したように汐里はスキップしながら奥の部屋へと戻っていった。
「きょうね、ハンバーグなの」
 汐里が嬉しそうにハンバーグ、ハンバーグと歌うように繰り返す。
「声、おおきいよ!」
 台所の里美が一喝すると、汐里はすぐに口を手でふさぎ、目を豊に向ける。豊は人差し指を唇の前にあてて「しー」と声に出さず言った。
「これ、ケーキ」
 豊がケーキの入った白い箱をテーブルに置くと、里美は野菜を切っていた手を休めて、手を洗ってふきんでぬぐい、箱を持ち上げた。
「ありがとう」
 里美は抑揚よくようのない口調で礼を言った。まるで喜ぶことを自制しているみたいに。
 単に自分の感じ方なのかも──豊がすることに対する反応が薄いことに常に焦りを感じる。次は喜ばせたい、と何かしたくなる。
 里美の態度は瑞枝とどこか似ていた──里美の本心も妻の本心も分からない。どちらにも後ろめたいからだろう。最近は瑞枝におびえていることを自覚している。
 二人が似ているのだとしたら、いずれ俺は里美にもおびえるのだろうか。
「おもしろい?」
 いつのまにかすぐ隣に汐里がいた。前に豊が買ってやった犬のぬいぐるみを抱きしめている。
「えっ」
「しんじょさん、わらってた」
「笑ってないよ」
 豊はゆっくりとかがんで、汐里の目線の高さまで降りた。
…笑っていなくても、俺の顔って笑って見えるんだよ、ほら」