「喩えなくてもいいよ。そうやって子供の頃から知ってる娘さんだから、ただの部下よりも大事に思ってるだけだってことで。そうなんでしょ?」
 そうだな。
「そういうことだ」
 たぶん。
「それならさ、どこかに行くんじゃなくてここで食べようよ」
「ここで?」
 この男二人のむさくるしい狭い部屋で、か?
「きちんとしたところで食事なんて、その子、やよいちゃん? かしこまっちゃって何にも喋れないし味わえないよ。父さんがご飯作って、ここでわいわい食べるのがゼッタイいいでしょ。食べ終わった後でもそのまま遊べるし」
 それは、そうか。
 確かに。
「得意料理あるでしょ。パエリアとかいいんじゃない? 父さんの作るあれ、美味しいよ。どこかの店で食べるより」
 パエリアな。そうか。確かに得意だ。
「まぁ、じゃあそうするか」
「一応、向こうに確認してからにしてようちでもいいかって。あと、やよいちゃんの好き嫌いも確かめといて。アレルギーとかあったら大変だから」
 何となく、老いては子に従え、ということわざが浮かんできてしまった。

 今週の日曜日だ。二日後。
 昼から我が家で食事会をする。もちろん、子供も一緒なんだから昼間にするに決まっている。
 皆がいる編集部でそういう話をするわけにもいかないし、LINEで済まそうかと思っていたがちょうど今日の昼。二人で昼飯を食べに行くことができた。
 今日はカレーにした。〈マージナル〉だ。ここはけっこうテーブル間に余裕があるので、ひそひそ話ができる。
 やよいちゃんに好き嫌いは、なかった。野菜もお肉も魚もなんでももりもり食べる子で食物に関するアレルギーもなく、そこは自分に似たんだと阿賀野さんが微笑む。そうだったな。小さい頃からなんでもよく食べる子だったよな。
「それで、だな」
「はい」
 食事会に、もう一人加えてほしいと士郎が言ってきたんだ。
野田茉美のだまみさん、だそうだ」
「茉美さん」
 にこにこしながら、阿賀野さんが復唱する。
「同じ学部の同級生だそうだ。大学で知り合って、付き合っているんだと」
「まさか、知らなかったんですか?」

(つづく)
※次回の更新は、9月5日(木)の予定です。