小さなビルの正面階段を下りた半地下で、〈coffee & whisky BLUE MOON〉っていう店名もいい。〈デリカテッセンMASHITA〉から歩いて三分という距離もいい。朝から旨いコーヒー飲めて、夜からは旨いウイスキーが飲めるのも、さらにいい。しかもアルコールメニューはウイスキーのみという潔さ。
 食事のメニューも素晴らしい。ビーフストロガノフやフィッシュ&チップスにローストビーフ、ウイスキー飲みながらのつまみにも、あるいはお酒を飲まずに食事だけでも十分イケるなんて最高。
 前に晶くんに聞いたら、店主はしょうくんの同級生だとか。お父さんのやっていた店を引き継いで新しくしたそうで、なるほどこの辺りにはそういうお店が多いのかも。
 それで、先に着いて響くんを待っていたら、翔くんも一緒に来たのには驚いたけど。
「すみません一緒に来ちゃったんですけど、いいですか?」
「あぁもう全然歓迎ですよ」
 クライアントではあるけれども、蘭の兄という立場なら翔くんも響くんもボクの義弟のようなもの。きょうだいとして育ったのが姉妹だから、義弟ができたっていうのはすごく良かった。二人に、いや三人にお義兄さんと呼ばれたのも嬉しかった。
「蘭がね、いろいろ決めたようですが」
 酔う前に、話を終わらせてしまいたい。
 親戚づきあいはもちろんとして、今後も必要があるであろう〈デリカテッセンMASHITA〉のデザイン関連は引き続きぜひとも〈阿賀野陸〉にお願いします、と。二人が、もちろんです、と頷いてくれる。
「そうなんですよね。その辺の話は僕からしなきゃならなかったんですけどすみません」
「いや、とんでもないです」
 響くんは、晶くんより大人しい。見た目からしてそうだ。三兄弟の中でいちばんお母さんに似て優しい顔をしている。性格も、商店主なら総菜屋さんじゃなくて、書店が似合うような雰囲気。
 そういう意味では、〈デリカテッセンMASHITA〉のように賑やかな総菜屋さんにいちばん向いてるのは、三兄弟では実は翔さんじゃないかと思ってるんだ。彼だけ違う仕事をしているから直接仕事の話はしてこなかったけれど、営業をしているせいもあって瞬発力があって押しの強い笑顔もいい。総菜屋さんの店頭に立って元気良く声を張り上げる様子が簡単に想像できる。
「前にも言いましたけど、ちょっと止まっているんですよね。配達や宅配サービスに手を広げる件はは」
「ですよね」
「晶兄さんが考えていたようなシステムで進めるには、やっぱりどうしても人手が足りなくて。かといって、どこかの宅配サービスと事業提携して行なうには利益率に問題があるんです」
「現状維持から目減りするような新規事業を行なう必要はないもんな」
 響くんに続けて翔くんが言う。
「やっぱり自分たちで全部できた方がいいってことですよね」
「そうなんです」
 利益自体は小さいかもしれないけれど、自分たちだけでやった方が利益率は高くてしかもリスクは低い。
「翔さんに、その気は今もないんですか。響くんと家業を継ぐという」

(つづく)
※次回の更新は、8月15日(木)の予定です。