「ずっといてほしいというのが、本音だったんだがな」
 お義母さんを見て、お義母さんも頷いた。
「本当に。でも、私もそれでいいと思う」
 強く、頷いた。
「蘭ちゃんは、とてもいい子。いい人。晶にはもったいないぐらいだって心底思っていた。もちろん翔とか響なんかにはとんでもないって」
「いやなんで自分の息子をディスるの」
 翔さんが笑った。響くんも。
「淋しいけれどね。優ちゃんがいなくなっちゃうのは」
「あえて訊くけど、蘭さん」
 真面目な話をするときには、蘭さん。
 いつもはお義姉さんって呼んでくれていた。私はずっと妹だったから、お義姉さんって響くんに呼ばれるのが本当にすっごく嬉しくて、呼ばれる度にいつもにこにこしてしまった。一生、響くんを私の義弟って呼びたい。
「はい」
「阿賀野蘭に戻ったとしても、〈デリカテッセンMASHITA〉に従業員として残るっていうのは考えなかった?」
 従業員。新鮮な響き。
「ちょっとだけ考えたかな。でも、それは違うと思って」
「何が違うの?」
 お義母さん。
「私は、真下家の嫁として〈デリカテッセンMASHITA〉を手伝っていました。でも、一人の阿賀野蘭に戻ったとして果たして〈デリカテッセンMASHITA〉の仕事が私の仕事になるのかって考えたら、それは正直わからないかなって。わからないものを、今の段階では選択肢に含められませんから」
〈デリカテッセンMASHITA〉の仕事が気に入らないとか嫌いとかいう話じゃなくて。
「そうだろうな。もっと違う仕事が、蘭さんにはあるかもしれないからな」
 お義父さんが頷く。
「でも、ひょっとしたら一年後ぐらいにすみません雇ってくださいって言うかもしれませんけれど」
「それじゃあそのときには履歴書を持ってきてもらわないと」
 翔さんが言って皆がまた笑った。

(つづく)

※次回の更新は、7月4日(木)の予定です。