食べると死ぬ花

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「えっと、でも、僕は…」
 板橋さんがこちらに責めるような視線を投げかけて来る。しかし、僕は麗美の悪口など言いたくはない。
「でも、あの子の言うことって、かなり当たってて。そりゃ、全部的中! ってわけじゃないですけど、僕、ずっと好きだった女の子と、一瞬でも付き合えたし…」
「それで?」
「実際、途中までは倉本さんもうまくいってたんですよ。でも、その、最後の試練? に失敗しちゃって」
 僕は早口でまくしたてた。良くないと分かっていても、止められない。
「体験してみないと、確かに失敗とかってイメージつきにくいかもしれないんですけど…」
「はあ?」
「とにかく、筋が通ってるんですよね…まあ、そもそも本気にするなって話で。僕はあくまで、子供の遊びに付き合ってるだけって感じだったんです」
 麗美は悪くないと思うのだ。態度は人を小馬鹿にした感じで、あまり良くなかったかもしれないが、おまじないのルールに関しては意地悪で言っているという感じはなかった。おまじないごときであんなふうになる倉本さんこそが異常だ。きっと、心がそれだけ疲弊していたということなんだろうけど、真剣に受け取りすぎている。
「あんた、これから少し厳しいことを言うよ」
「はあ…」
 厳しいことはできるだけ言われたくないな、と思いながらも、急に帰るわけにはいかない。
「全部おまじないだろ? 子供の遊びだろ! 筋が通っているって、どこで判断したの?」
「いや、ゲームとしてのルールが、筋が通っているなあって…」
「それがあの子の思う壺なんだよ」
「思う壺って…そんな詐欺師みたいな」
「だから言ってるだろ、あの子は大ウソつきなんだよ! 全部ウソ!」
「そんな…」
「しっかりしな、大人だろ?」
 呆然とする僕の背中を強く叩いて板橋さんは言った。
「あの子の家の人間もみーんな頭がおかしいウソつきだよ。あの子のウソを信じた人間がひどい目にあったりすることが何回もあったのに、謝りもしないで、逆に『名誉棄損された』と言いに来るような奴らだよ。もう引っ越すっていうから安心してたけどね、またあんたみたいなバカが出て来るとは」
「で、でも倉本さんは実際子供を取り上げられていて…きちんと試練をクリアしたときは、相手の家からはちゃんと、お金ももらえて…」
「だーかーらー、それもウソなんだよ! 偶然! 何度言ったら分かるの、バカだね! あんたは、あんまり噂話をするような相手もいないから知らなかったんだろうけどね、倉本さんのところの話は有名だよ。ガキだって知ってるくらいだよ。そりゃ、生徒を孕ませたんだ。手切れ金位渡すだろうよ。話を全部聞く気はないけど、何があったかは分かるよ。あのガキはね、人が困ってるのを嗅ぎつけるのだけは妙にうまいんだよ。地震が起こったあと、『地震があると思っていました』って言ったって、予言でもなんでもないだろ? でも、予言者現る~なんて言って持ち上げるバカがいつもいるだろ? あんたはそういうバカと同じことをしているよ」
 脳内ではいくつも、目の前の女性への反論が思い浮かぶ。
 でも、だって、あの時は、実際に。
 しかし、それら全ては、何の証拠もない。現実的に考えれば、確かに板橋さんの言う通りなのだ。何かが起こったとき、後からやってきてそうなると思っていたと言う。予言者気取りのウソつき。
「あの子はウソの天才だよ。みんなみんな、騙される。素直で純粋な奴ほどね」
 板橋さんの声色は、嘲りと言うよりもむしろ、哀れみを含んでいた。
「で、でも、この歯は…」
 僕は麗美が渡してきた袋を掲げた。それが倉本さんの歯であっても、そうでなくても、何の意味もないのに、大事な物証のように。
 板橋さんの顔色が変わる。
「気持ち悪いね本当に。早く忘れな」
 板橋さんは僕の手から袋を奪い取り、止める間もなく放り投げた。袋は欄干に当たって面白いように跳ね、転がり、用水路に落ちた。
 もう追いかける気も起きない。
 全てが終わったような気がした。んー。

(了)
※この作品では、「小説新潮」2024年8月号掲載の「噛み砕くもの」と同じもの・・が描かれています。ぜひあわせてお楽しみください。