本性を暴かずにいられない 探偵を描く切ないミステリ

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彼女が探偵でなければ

『彼女が探偵でなければ』

著者
逸木 裕 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041134771
発売日
2024/09/28
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

本性を暴かずにいられない 探偵を描く切ないミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 人の心を覗くことは痛みを伴うが、その痛みがなければ知ることの出来ない真実もある。逸木裕『彼女が探偵でなければ』は、痛みと引き換えに真実と向き合う探偵を描いた切ないミステリだ。

 本書は私立探偵・森田みどりが主人公を務める連作短編集の二冊目で、五編の物語が収められている。みどりは人の本性を暴かずにはいられない性分で、父親が経営する〈サカキ・エージェンシー〉に私立探偵として勤めている。探偵社では管理職になり、私生活では二児の母となるなど、みどりの人生に少し変化はあるものの、人の本性を暴きたいという衝動は変わらず抱いている。

 一編目の「時の子――2022年夏」は、時計職人の父親を亡くした瞬という少年が語り手を務める。かつて瞬は父親とともに時計工房の庭の隅に作られた防空壕の中に閉じ込められた体験があった。無事、親子は暗闇から助けられたのだが、その話をきいたみどりは何故か執拗に瞬へ質問を重ねる。収録作中、最も鮮烈な謎解きのアイディアが使われていて、謎が解かれた後に登場人物の心中で浮かび上がる感情が読後も響き続ける。

 四編目の「太陽は引き裂かれて――2024年春」は、トルコ料理屋に残された落書きを端緒に、共同体の差別や偏見と探偵たちが相対する物語だ。まさに現実の社会で起こっている問題を扱った小説だが、謎解きの興趣を損なわず、かつ問題の本質と真摯に向き合おうとする姿勢に胸を打たれる。

 最後に収録された「探偵の子――2024年夏」では父親の故郷で起こった事件に関わりつつ、自分の息子が自身と同じ性分を持ってしまう不安に駆られるみどりの姿が描かれる。探偵役の苦悩を、親子小説の形式を借りて繊細に描き出した点が秀逸だ。母として娘として悩みながら、それでも探偵の歩みを止めない森田みどりをどこまでも追いかけたい。

新潮社 週刊新潮
2024年10月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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