<書評>『坂本龍馬の映画史』谷川建司 著

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坂本龍馬の映画史

『坂本龍馬の映画史』

著者
谷川 建司 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784480018052
発売日
2024/08/16
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『坂本龍馬の映画史』谷川建司 著

[レビュアー] 長山靖生(思想史家)

◆勤王、革命家…理想を仮託

 坂本龍馬は歴史ファンからトップクラスの人気を誇るヒーローで、多くの小説や映画が作られてきた。

 本書は明治末期の日本映画草創期から、ごく最近の作品まで、坂本龍馬を描いた多くの映画やテレビドラマ、さらにはその原作を、移り行く社会潮流を踏まえつつ、あくまで映画に焦点を当て紹介している。基本データ、スタッフ、キャスト、そしてあらすじや見どころ、他作品と異なる独自の部分などを、具体的かつ客観的に解説する姿勢が貫かれていて、最良のデータブックだ。古くて実見できなかった作品については、その旨を明記しているのも誠実だ。

 戦前には澤村林右衛門や阪東妻三郎、月形龍之介、尾上松之助、嵐寛寿郎ら錚々(そうそう)たるスターが龍馬を演じた。喜劇王の榎本健一は「エノケンの近藤勇」で近藤勇と坂本龍馬の一人二役をこなした。

 薩長同盟締結に奔走するなど活躍しながら、志半ばで暗殺された龍馬は、新時代への期待を象徴する人物として描きやすかった。明治前期には自由民権の先駆けとして、また日露戦争時には勝海舟らと共に日本海軍創設を準備した視野の広い勤王家として、大いに宣伝された。戦前戦中の映画の多くが、勤王の側面を強調していたという。

 勤王イメージが定着していたためか、昭和30年代の日本映画黄金時代には、まだ戦後社会に合う龍馬像は描けなかった。

 それが転換するのは、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』以降だ。若々しく破天荒な龍馬像が、高度経済成長期の社会に定着していく。その一方で、安保闘争の高揚と挫折を込めたような、消された革命家としての龍馬も描かれた。

 その後も、龍馬に強い思い入れを持った武田鉄矢やいくつものマンガ作品、さらにはSFやパロディーなど、龍馬の大胆な発想や行動力を強調した作品が生まれ続けている。

 日本人は今も龍馬に、理想や願望を仮託し続けているのだ。歴代の龍馬映画を追っていくと、それまで自分も気づかなかった自分の理想と出会えるかもしれない。

(筑摩選書・2200円)

1962年生まれ。映画ジャーナリスト。『戦後「忠臣蔵」映画の全貌』。

◆もう1冊

『時代劇は死なず! 完全版』春日太一著(河出文庫)

中日新聞 東京新聞
2024年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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