『人生と闘争』
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『人生と闘争 清水幾太郎の社会学』品治佑吉著
[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)
一九五〇年代から六〇年の安保騒動に至るまでの時期に、日本の平和運動を主導したオピニオンリーダー。清水幾太郎について、この有名な横顔を知っている読者は、本書の内容にとまどうかもしれない。テクストの綿密な検討を通じて著者が明らかにするのは、華やかな活躍の裏に横たわる、「人生」を語る社会学者としての姿である。
だが清水が戦前期から読者に示してきたのは、いわゆる大正教養主義風の、他者との円満な調和を説く人生論ではない。著者の表現によれば「社会と個人の屈折と癒着の形態学」。社会が及ぼしてくる圧力と、それに抵抗しようとする個人との間の闘争が、あらゆる集団の内側で繰り広げられる。その対立は、身近な家族の関係でも、さらに個人の精神内部の葛藤としても働き続けている。
人間性の内部にまで及ぶ亀裂に目をすえる清水のリアリズムは、従来の男性中心の家族像や、「日本精神」的な共同体への幻想をも解体してしまう。その著作を熱心に読んだ昭和の青年男女の心性は、現代と共通するような側面を、意外に持っていたのである。(白水社、4290円)