『下町サイキック』
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『下町サイキック』吉本ばなな著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
小さな生態系「淀み」祓う
ビオトープというものがある。日本語だと、生物空間や生物生息空間と言うらしい。要はため池のように、小さな空間の中で生態系がうまく回っている場所。下町とは、このビオトープのようなものだな、と思った。
『下町サイキック』の主人公は中学生のキヨカ。キヨカの周りにはさまざまな生き方をしている大人たちがいる。テレビ局でパートをしている、真面目でしっかりした母。「自習室」を運営する友おじさん。一年前に離婚して別居したお父さんは、女性にだらしなくて生き方にだらしなくて、それでも何となく人生をこなしている。おばあちゃんや、ご近所の人たち、ふっと来て去って行く人、ふっと来て根を下ろす人。季節ごとに虫や鳥が来るように、雨や川の流れによって水が入れ替わるように、下町というビオトープは緩やかに変化している。
でも、時には汚れがたまったり、水がよどんだりする時もある。そういう時はキヨカの出番だ。人には見えないものが見えるキヨカは、掃除をしたり、心を向けることでその淀(よど)みを祓(はら)うことができる。いわばフィルター。時々大きな汚れの塊が流れ着いたり、生態系のバランスが崩れて、キヨカの手に余ることもあるけれど、概(おおむ)ねビオトープの自浄性によって、小さな世界は守られている。
中学生という、大人でも子どもでもない年齢、聡明なキヨカの目が捕らえる世界は、不思議と矛盾と美しさに満ちている。
キヨカの力はもしかしたらもっと大きな生態系では、異形として疎まれてしまうのかもしれない。けれど下町では「好きな人や日常で会う人の人数の多さで散らされてかなり普通に、病まずに生きていける、むしろ周りの人にとって長所となっている」。
暖かく優しく、時に残酷な、掌(てのひら)に包んでそっと守りたいような愛(いと)おしい世界。このビオトープを残せる世界であって欲しいなぁ。(河出書房新社、1870円)