『ピアノを尋ねて』クオ・チャンシェン著

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ピアノを尋ねて

『ピアノを尋ねて』

著者
クオ・チャンシェン [著]/倉本 知明 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901967
発売日
2024/08/29
価格
2,145円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ピアノを尋ねて』クオ・チャンシェン著

[レビュアー] 宮内悠介(作家)

 ピアノの鍵盤(けんばん)のどれかを押してみる。まだ、音符が一つあるだけの孤独な状態だ。ここに完全五度といった別の音を加えるとハーモニーが生まれる。本書に登場するのは、そういう二人の孤独な人物だ。かたや妻を失った老実業家。そしてピアニストになる夢を諦めて調律師となった語り手。この二人が出会い、起業を目指してニューヨークへ向かう、そのわずか一瞬のハーモニーが本書の大枠だ。

 特徴は語りだ。大上段に見得(みえ)を切る箇所はなく、静かな、深い悲しみのようなものに貫かれている。音楽で言うところのピアニッシモ(きわめて弱く)だろうか。そのなかに、聴こえるか聴こえないかくらいの声で、複雑にからみあうさまざまな機微が語られる。

 なぜ語り手がピアニストの道を諦めたのかといった情報はほとんどすべて伏せられ、宙(ちゅう)吊(づ)りにされたまま話は進む。あとで振り返ったとき、切ない織物ができあがっているのを見るような作りだ。だからこそ、作中で「アンコール曲」と紹介される最後のエピソードの、そのラスト数行が心の深い部分を打つ。倉本知明訳。(新潮クレスト・ブックス、2145円)

読売新聞
2024年10月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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