『幸福な王子』
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残っているのはこの目だけなのだ
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「贈り物」です
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贈り物をするのは難しい。「つまらないものですが」といって本当につまらないものを贈るわけにはいかない。では何がいいだろうと考え始めると、真剣に悩むことにもなりかねない。贈り物をするのは、ひょっとすると相手に自分の一部を差し出すほどの覚悟を必要とする行為なのだ。
贈答のいわば極限のあり方を描き出して、オスカー・ワイルドの童話「幸福な王子」(西村孝次訳)は胸を抉るような感動を与えてくれる。子どものころに一読して忘れられない作品となった読者も多いのでは。
「純金の箔」をきせた輝かしい彫像として町を眺め渡す王子の視界には、贈り物をしてあげたい市民の姿ばかりが目に入ってくる。熱病にかかった男の子が貧しい家で寝ている。屋根裏部屋で孤独な青年がひもじい思いをしながら頭を抱えている。かと思えばマッチ売りの少女がマッチをどぶに落として泣いている。
そんな人々を見かねて王子は、自分の身につけている宝石を一個、また一個とつばめにくわえさせ、運ばせる。ルビーが尽きたとき、王子は言った。
「ああ! もうルビーはないのだ。残っているのはこの目だけなのだ」
無償の贈与のために見る影もなくぼろぼろになっていくその姿を描くワイルドの文章は、残酷な美しさに満ちている。やがて王子もつばめも神さまの御許に昇っていく。己を顧みずに善行を尽くす彼らの純な心とは神さまに捧げられる最高の贈り物なのかもしれない。