残っているのはこの目だけなのだ

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幸福な王子

『幸福な王子』

著者
ワイルド [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784102081044
発売日
1968/01/17
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

残っているのはこの目だけなのだ

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「贈り物」です

 ***

 贈り物をするのは難しい。「つまらないものですが」といって本当につまらないものを贈るわけにはいかない。では何がいいだろうと考え始めると、真剣に悩むことにもなりかねない。贈り物をするのは、ひょっとすると相手に自分の一部を差し出すほどの覚悟を必要とする行為なのだ。

 贈答のいわば極限のあり方を描き出して、オスカー・ワイルドの童話「幸福な王子」(西村孝次訳)は胸を抉るような感動を与えてくれる。子どものころに一読して忘れられない作品となった読者も多いのでは。

「純金の箔」をきせた輝かしい彫像として町を眺め渡す王子の視界には、贈り物をしてあげたい市民の姿ばかりが目に入ってくる。熱病にかかった男の子が貧しい家で寝ている。屋根裏部屋で孤独な青年がひもじい思いをしながら頭を抱えている。かと思えばマッチ売りの少女がマッチをどぶに落として泣いている。

 そんな人々を見かねて王子は、自分の身につけている宝石を一個、また一個とつばめにくわえさせ、運ばせる。ルビーが尽きたとき、王子は言った。

「ああ! もうルビーはないのだ。残っているのはこの目だけなのだ」

 無償の贈与のために見る影もなくぼろぼろになっていくその姿を描くワイルドの文章は、残酷な美しさに満ちている。やがて王子もつばめも神さまの御許に昇っていく。己を顧みずに善行を尽くす彼らの純な心とは神さまに捧げられる最高の贈り物なのかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2024年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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