「目覚めた自分こそが真の支援者だ」都合の悪い情報を“係数ゼロ”にする人々…対岸の火事ではない米国分断

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トランプ再熱狂の正体

『トランプ再熱狂の正体』

著者
辻 浩平 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784106110436
発売日
2024/08/19
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

分断の実相を先入観なく徹底取材 それは“対岸の火事”ではない

[レビュアー] 吉田燈(衆議院議員秘書)

 本書はそのタイトルからトランプ前大統領や彼の支持者に焦点をあてたもののように思えるが、著者が迫るのはアメリカ社会に深く根付いた分断の正体だ。著者は分断をもたらす諸問題の当事者を「盲信的な人々」と一括りにはせず、双方の感情や思想を丹念に掘り下げ、論理や背景を探っている。とりわけフェイクニュースや陰謀論がどのように支持層を結束させているかの分析には目を瞠る。

 例えば「係数ゼロ」という要素。これは解剖学者の養老孟司氏が提唱した脳内の一次方程式「出力=入力×係数」を援用したものだ。熱烈なトランプ支持者は、自分たちにネガティブな情報(入力)を重要なこととして受け取らない。彼らの考えや嗜好によって係数ゼロがかかっており、出力はゼロとなるからだ。彼らは政敵がトランプを追い落とそうとしていると認知する。都合の悪いものをフェイクとして一蹴し、だからファクトも意味をなさない。

 ブッシュJr.政権で副大統領をつとめたディック・チェイニー氏の長女リズ・チェイニー氏に関する記述も興味深い。かつて「共和党の王族」や「ネオコンの王位継承者」と評された彼女は、トランプ大統領を批判し、21年の弾劾決議に賛成票を投じた結果、選挙で無名の刺客を立てられ議席を失った。多くの有権者が重視したのは「トランプの敵か味方か」であり、政策ではなかった。他方、チェイニー氏の劣勢が報じられると、選挙区内でそれまで敵側だったはずの民主党員が共和党にあえて政党登録を変更してまでチェイニー氏に投票するという現象が相次いだ。

 本書が描く保守とリベラル間で進行する分断と対立は、決して対岸の火事ではない。むしろ私が日本の国会議員の秘書として政治に関わりながら体感した違和感やある種の恐怖が、かの地ですでに先鋭化した形で現出している事実に慄然とした。

 日本においても、現実の政策や理念から遊離して保守かリベラルかというレッテル貼りが進み、その現象を利用して「マスコミや左派に目の仇にされる保守」を演じる政治家まで現れた。

 それに呼応するように「目覚めた自分こそが真の支援者だ」と自任する者が声を上げ、相手陣営や批判者を恍惚混じりに罵る光景は、今や日常のもの。「断固支持」を掲げて彼らが繰り広げる言動は、米連邦議会襲撃事件と通底してはいないか。

 民主主義という政体の現在を軽快にあぶり出す本書に、日本の行く末を思わずにいられない。

新潮社 週刊新潮
2024年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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