『銀色のステイヤー』河﨑秋子著

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銀色のステイヤー

『銀色のステイヤー』

著者
河崎 秋子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041141700
発売日
2024/07/31
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『銀色のステイヤー』河﨑秋子著

[レビュアー] 長田育恵(劇作家・脚本家)

人馬一体 鮮やかな疾駆

 河﨑さんが人間を描く眼(まな)差(ざ)しが好きだ。前作『愚か者の石』でも、人が作った法より信じるにより価値がある「正道」があるとし、矜(きょう)持(じ)を守って生き抜く脱獄犯と看守の姿が描かれた。仕事であれ、為(な)すべきことであれ、ただ打ち込んでいく。唯一それこそが己を確立し、証明する手段である。今作ではそうした作者の思いが、芦(あし)毛(げ)の競走馬を中心に、爽やかに漲(みなぎ)る。

 「ステイヤー」とは長距離が得意な競走馬のこと。日高の生産牧場で生まれた牡(ぼ)馬(ば)はシルバーファーンと名付けられた。交配は牧場主の賭けだった。血統から能力が期待できるも一抹の不吉さも漂う。仔(こ)馬(うま)は才の片(へん)鱗(りん)を見せながらも、とにかくヤンチャで気性難。そんなファーンに多くの人間たちが関わっていく。醍(だい)醐(ご)味はもちろんファーンの競走馬としての成長だが、関わる人間たちそれぞれの変化も見どころだ。

 私は競馬はやらないので、競走馬がレースに出ていくまでに、どれほど多くの愛情に接するか改めて感じ入った。牧場経営者と従業員。厩(きゅう)舎(しゃ)の調教師や騎手、装(そう)蹄(てい)師や乳母馬のレンタル業など、競馬に関わる多様なプロフェッショナルが登場し、彼らの仕事を傍(そば)で見つめさせて貰(もら)える。そして成長するのはファーンだけではない。特に印象的な三人の女性が登場する。

 本書のヤンチャガール筆頭は牧場従業員となるアヤだ。馬への愛情深さゆえに、理想を掲げ人に噛(か)みつき、嵐のように揉(も)め事を起こす。調教助手の鉄子も、騎手を目指した過去を捨て、足りないものを自覚し、未来へもがく途上だ。馬主となる広瀬は寡婦。金を遣(つか)うのは浮気相手宅で死んだ夫への復(ふく)讐(しゅう)だったかもしれない、だがファーンの走りが彼女の顔を上げさせる。

 競馬に関わって生きる彼女・彼らもまた、馬に魅せられ、経験を重ね、手応えを握りしめながら己の道を歩むステイヤーたちなのだ。これは、人馬一体となって、人生の鮮やかな季節を駆ける物語だ。ファーンのレースに熱くなる。(KADOKAWA、1870円)

読売新聞
2024年9月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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