川谷絵音とカツセマサヒコが作品を「ハッピー」にしない理由とは?──カツセマサヒコ×indigo la End『夜行秘密』創作秘話対談

対談・鼎談

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夜行秘密

『夜行秘密』

著者
カツセマサヒコ [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575527759
発売日
2024/08/07
価格
792円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

バズることに悩む川谷絵音に共感して出た答えは?──カツセマサヒコ×indigo la End『夜行秘密』創作秘話対談

[文] 双葉社

〈小説家・カツセマサヒコにとっては、本作が2作目となる。しかもデビュー作は、映画化が決まるほどのヒット作だ。自身の2作目としてはなにを世に送り出すべきか、様々な葛藤があったという。まるで、小説『夜行秘密』に登場するバンド・ブルーガールが、「自転車」でバズったあとにどんな楽曲を出すべきか悩み尽くしていたように。〉


カツセマサヒコ

カツセ:「代表作を持つことよりも、代表作を更新することの方が遥かに困難である」と小説の序盤で書いたのは、自分をジャッジするために入れた見栄みたいなところがあります。2作目は、前作できなかったことを全部やってやろうというつもりもあって。前作は私小説的な要素があるから、「カツセさんってこういう青春時代を過ごしたんですね」と言われることがものすごく多かったんです。前作が自分の内面にひたすら潜って書いた話だったので、今回は外側を見ることをすごく意識して、社会の事象に徹底的に向き合って書こうと思ってました。社会の縮図というものを意識しながら、「人は一面だけではない」ということを書きたかった。職業、役職、肩書きとかだけで持ってしまう偏見をなくしてどれだけ本当の部分を見せられるか、というところを、過去の経験も含めて掘り下げていきました。この小説を書いている時期に映画『すばらしき世界』を見たんですが、一度罪を犯した人が立ち直っていくには厳しすぎる社会だということも考えていたし、一概に「悪」だけで構成されてる人はいないんだということも伝えたかった。それは、アルバムからも感じたんです。歌詞を読み解いていくと、死生観とか人間の業や欲にまでフォーカスしているなと感じたんですよね。この物語については、自分一人では絶対に辿り着けなかったです。indigo la Endの楽曲があったからこそ、このキャラクターや構成を作れたのだと、改めて思いますね。

〈小説では、様々な年齢・職業・性別の7人の心情が実に多面的に描かれている。7人それぞれが、誰かを愛し、誰かを憎み、そして、その行為がまた別の愛や憎しみを生んでいく――。川谷に「一番印象深い登場人物は?」という質問を投げてみると、「全員が印象深い」と前置きしながらも、バンド・ブルーガールとそのフロントマン・岡本音色の名前を挙げた。まだ売れていない時期に「自転車」という曲がSNSで予想外にバズり、その後、市場が求めるものと自身が作りたいもののギャップに苦しみ、悩む彼の姿を、川谷はどう見たのだろうか。〉


左から後鳥亮介 (Bass)、川谷絵音 (Vocal/Guitar)、長田カーティス (Guitar)、佐藤栄太郎 (Drums)

川谷:僕らって、ずっと一定の感じでいるんですよ。下がりもせず、ずっとコアファンと一緒に歩みながら、微妙に右肩上がりになってるという感じで。前々作くらいまでは「このままでいいや」みたいな感じだったんですけど、前作のアルバム『濡れゆく私小説』を出した頃に「夏夜のマジック」がTikTokで広がって、「あ、まだ行けるのかもな」って考え直したりして。そうやって色々あったから、すごく重ねちゃったところはありますね。「自転車」という曲がヒットして、舞い上がって、「次はこれをやったらバズる」と思ってやったのにバズらないというのもめっちゃリアルなんですよ。バズると思ってガワから作ったものの方がバズらないんですよね。しかも、バランスを取ってやろうと思うと、上手くいかなかったりする。作りたいものは作るんですけど、かといって、作りたいものだけを作ろうとしたらそれも上手くいかないから。……もう、運なんですよね。「夏夜のマジック」だって、カップリングで作った曲だったので、「こういうことがあるんだな」って思いましたし。なにかが起こるかもしれないから、とりあえずひたすら曲を作るしかないなって。僕らはもう10年やっていて、10年の間になにが起こるかとか、なんとなくわかるんですけど、わからないことが起こったときに面白くなるから、それを追いかけてやっているんだと思います。

佐藤:僕らも売れてないときに人が少ないライブハウスでやってたので、ブルーガールのバンドメンバーたちへの親近感はありましたね。

長田:ああいう道を辿ってきてるからね、僕らも。

佐藤:読みながら「せやなせやな」って(笑)。

後鳥:あとは、バンドマン、裏アカは作るなってことだね(笑)。

全員:(笑)。

カツセ:岡本音色には、自分自身を重ねているところが強いと思いますね。「1作出しただけでなにか変わるわけではなかったな」というのは自分が感じているものでもあるので。でも周りは「何者かになったでしょ」という体で接してくるようになって、そのズレみたいなものも書きたいなと思いました。メインの人物7人それぞれに、なんだかんだ自分が入っちゃってるんだと思いますね。

テキスト:矢島由佳子 撮影:鹿糠直紀(2iD)

COLORFUL
2024年8月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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