鮮烈な死に方をした3人の「シベリヤ抑留者」が印象的 57万5000人が捕虜となったシベリヤ抑留文学3作

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シベリヤ抑留の極限が生みだす唯一無二の文学世界

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 第二次世界大戦終結後、およそ五十七万五千人の日本人がソ連軍の捕虜となって、酷寒の地に留め置かれた。長谷川四郎もそのひとりだ。堀江敏幸『シベリヤ物語 長谷川四郎傑作選』には、シベリヤ抑留体験をもとにした小説と詩、エッセイが収められている。

 抑留者は生きて祖国に帰れるかどうかわからない状況で、重労働を強いられていた。生活環境は劣悪で、食糧も乏しかった。しかし、満州国協和会の事務長もつとめた四郎は、自らを無辜の民とは見なさず、〈はばかることなき戦犯のひとり〉と認めていた。その内省の深さ、外に向ける透徹した眼差しが、唯一無二の文学世界を生みだしている。

 なかでも素晴らしいのが「小さな礼拝堂」。二重の柵に囲まれた収容所で暮らす〈私たち〉の話だ。柵と柵の中間には、内でも外でもない真空地帯があった。真空地帯の黒土は綺麗にならされ、逃亡者や侵入者の足跡が残るようになっていた。柵の四隅にある櫓には逃亡者らを射殺する〈時間の男〉が待機していたものの、逃げ出す前に〈私たち〉は伝染病などで死んでいった。

 生と死の境がはっきりしない、混沌とした柵の中に、やがて〈小さい礼拝堂〉と呼ばれる死体置場が作られる。〈私たち〉は〈小さい礼拝堂〉に入った三人の捕虜のことを語っていく。それぞれの死に方が鮮烈だ。死によって切り離して初めて仲間を一人の人間として再発見する〈私たち〉の暗い生も浮かび上がる。

 捕虜になっても大隊長意識を引きずる男の転落と精神的勝利法が印象的な「勲章」、帰還港へ向かう捕虜たちの犯した罪を描く「犬殺し」も忘れがたい。

 シベリヤ抑留者の文学といえば『石原吉郎詩文集』(講談社文芸文庫)。「望郷と海」を読むと、ロシヤの広大な草原と凍土、なかなかたどり着けない海に思いを馳せてしまう。言葉を失うしかない遠さを知ったからこそ書けた文章だ。日本に帰れなかった抑留者の遺言をめぐる辺見じゅんのノンフィクション『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文春文庫)も、あわせて手にとってほしい。

新潮社 週刊新潮
2024年10月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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