『ニーナ・シモンのガム』
- 著者
- ウォーレン・エリス [著]/佐藤 澄子 [訳]
- 出版社
- 2ndLap
- ジャンル
- 芸術・生活/音楽・舞踊
- ISBN
- 9784991279539
- 発売日
- 2024/07/04
- 価格
- 4,950円(税込)
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米国人歌手が噛んだガムが引き込む美しく危うく、滑稽な人々の物語
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
タイトルを見て「?」と思うだろう。「ニーナ・シモン」は圧倒的な歌唱力を誇る伝説的シンガーだが、彼女の名に「ガム」がくっつくと奇妙な雰囲気になる。その奇妙さはそのまま本書の内容につながっている。
一九九九年七月、ロンドンのライブに出演する直前、ニーナは楽屋で車椅子に座ってガムを噛んでいた。その後、自分の足でゆっくりステージにでていき、噛んでいたガムを口からだしてピアノの上に置いて歌いだす。さっきまで車椅子に座っていたとは思えない超人的なパワーを発揮し、宗教的ともスピリチュアルともいえる衝撃を見る者に与えた。
終了後、ステージに上がってそのガムを回収し、持ち帰った男がいた。ミュージシャンのウォーレン・エリス。本書を書いた当人である。
エリスはそのガムを護符のように大切に保管しつづけ、相棒のニック・ケイヴが関わる展覧会でそれを公開する決意をする。展示には本物を出したいが、紛失した場合を考えると恐ろしくなり、レプリカを造る。その作業に関わった人々の集中力と献身ぶりは本書の読みどころだ。
エリスは物を捨てられないタイプだが、その物とは「自分の領域やつながりのある人々の外では、何の意味も持たないもの」だ。ニーナ・シモンのガムはその典型だが、彼からガムの話を聞かされた者は魅了され、特別な精神状態に引き込まれていく。
「なにか、ガムの周りが、大きくなっていくのを感じた。この小さな物体の周りに、もっと大きなストーリーが、トルネードのように集まってきていた」
エリスに拾われなければゴミと化したガムが人と人をつなぎ、エネルギーを生み出していく。それは金塊のような実体あるものの価値とちがい、人々がストーリーを信じることから生まれるものだ。美しくもあり、危うくもあり、滑稽でもある。そのもろ刃の剣のようなパワーと情熱が芸術の本性だと物語っている。