『最長片道切符鉄道旅 一筆書きでニッポン縦断』
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『最長片道切符鉄道旅 一筆書きでニッポン縦断』アンドロイドのお姉さん SAORI著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
45年の時 違いと類似点
宮脇俊三の『最長片道切符の旅』の出版から四十五年が経過した。同じことをいま試みて本が出るとなれば、昭和四十年生まれの鉄道好きの私は、両者を比較したくて飛びついた。
国鉄・JRのいわゆる一筆書きの最長距離乗車券を購入して、実際に乗ってみる旅行記である。廃線の影響が大きく響き、宮脇のときよりはだいぶ距離が短くなった。それでも乗る距離は一万キロを超える。
切符購入の場面、宮脇は窓口ですぐに買えず、何日も待った。出札係との噛(か)み合わない対話が笑えるが、本作もここは酷似している。いまの切符販売はデジタル化され円滑かと思いきや、世の中は最長片道切符を買うマイノリティなど、眼中にない。平均値の人間しか救わない合理主義テクノロジーは、売る側のドタバタ劇を、四十五年前の本と似たものにしているのだ。
新旧二冊の間で、乗る列車、降りる駅、立ち寄る町の光景は、変わるもの変わらないもの、色々だ。かつて宮脇が小樽駅で「町はさびれても駅は小さくならない」と書いたことに、本作著者も思いを馳(は)せる。災害から復旧できず、代行バスが多い現在。食傷気味の町おこしや観光列車は、商業主義を押し付けられた地域の痛々しい喘(あえ)ぎだ。今日の地域社会の貧困が目立つ。
旅先で出会う人々の心はどう変わったのだろう? 最も変化しないものは、車窓の山や海かもしれない。二冊を比べて私は思った。このけったいな切符がいま見せてくれる旅の景色は、「国破れて山河在り」かと。
宮脇は刊行当時五十代。生きる道に迷いのない人生円熟のときだ。一方、本作著者は若い。頁(ページ)を繰りつつ、両作の素敵な相違に思い至った。アンドロイドのお姉さん SAORIは、旅をして筆を執り、まだ人物が変われる年齢なのだ。旅の結末への五十四日間、世の中を見る彼女の視野が一回り広くなったと受け止めた。それが、宮脇作とはまた違う、本作の魅力だ。(イカロス出版、2200円)