『而今而後(ジコンジゴ) 批評のあとさき』岡崎乾二郎著

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而今而後(ジコンジゴ)

『而今而後(ジコンジゴ)』

著者
岡崎 乾二郎 [著]
出版社
亜紀書房
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784750518381
発売日
2024/07/16
価格
4,290円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『而今而後(ジコンジゴ) 批評のあとさき』岡崎乾二郎著

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

「いま、ここ」時を超え継承

 広い意味での、否むしろ原初的な意味でのメディア論の集成と言える。とはいえそれは、本書でまんがや映画、絵画や建築、音楽など、幅広いメディアの芸術が扱われているという意味ではない。四〇年近くにわたる著者の膨大な批評が、近代的なメディア観を一掃しているということである。著者はメディアに、かつてテレビがそう捉えられたように、異なる環境にある人々に同じ情報を与え、「いま、ここ」を共有する一種の共同体を形成する「同期」の機能を見る代わりに、「非同期性」を見る。それは単に、旧メディアとデジタル・メディアの差異ということではなく、そもそもメディアの本質が「非同期性」にあるということだ。

 文字や壁画を元に考えればわかりやすい。文字や壁画は「いま、ここ」を共有させるどころか、書いた・描いた人の死を何万年も超えて継承されうる。「非同期性」としてのメディアの見方の根本にあるのは、このように、切断=死の必然性であり、それを前提とした生の捉え方、自我の捉え方である。メディアは本書によって、自己同一性的な自我同士の間で共有されるものではなく、多数に分裂した自我の一部が、数万年後にまったく無関係な事物や身体に「憑(ひょう)依(い)」する能力として捉え直される。水木しげるの妖怪を論じた章は、この事態を描いて見事だ。

 とはいえ、非同期性がテクノロジーの発展と共に高まるのも確かだ。実際いま、配信の増加により、テレビを「リアルタイム」で見る人々は少なくなっている。それでも私たちは、世界の非同期性に直面することに耐えられず、共有の幻想を追い求める。そんな心情を利用し「感傷(センチメント)」の連帯を作り出すある種の現代芸術に、著者は警鐘を鳴らす。

 対して著者は、水木しげるや楳図かずお、ゴダールやハリウッド映画、ポップ・ミュージック等々、ある種の作品や事態が世界の非同期性をいかに露呈させているかを鮮やかに示す。

 切断=死を前提として生を、そしてメディアを捉えるべく思考の転換を促す、メディア時代の必読書である。(亜紀書房、4290円)

読売新聞
2024年9月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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