スティーヴン・キングならでは ナチを巡る“怪物と怪物”の交流

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ゴールデンボーイ

『ゴールデンボーイ』

著者
スティーヴン・キング [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784102193129
発売日
1988/03/30
価格
1,100円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

スティーヴン・キングならでは ナチを巡る“怪物と怪物”の交流

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 スティーヴン・キングの小説を読んだことがなくても、映画化された『シャイニング』『スタンド・バイ・ミー』『ショーシャンクの空に』(原作「刑務所のリタ・ヘイワース」)を観た人は多いだろう。’82年に発表された本作も’98年に映画化されたが、観た人は案外少ないかもしれない。

 原作は、13歳の少年と独居老人の4年間の異様な交流の物語。キングは少年の服装、飲物、自転車、見ているテレビ番組に至るすべての具体名をあげ、’70年代アメリカ中流家庭で幸せに暮らす少年の姿を鮮やかに描き出す。やがて明らかになる異常さがより際立った。

 成績優秀でスポーツ万能、好感度抜群の少年トッドは、夏休みのある日、近所のドイツ人デンカーの家を訪ね、強制収容所の所長だった戦争犯罪人ドゥサンダーだろうと迫る。そして、通報されたくなかったら、ガス室や人体実験のことを詳細に話してほしいとせがむ。その残虐さから「吸血鬼」と呼ばれたドゥサンダーだったが、今は無力で孤独な老人。トッドの脅迫に屈する他なかった。足繫く通って来て、吐き気を催すような残酷な話を笑顔で聞く少年を「下劣な小怪物め」と心の中で罵るドゥサンダー。しかし、権力を振るった怪物としての日々に引き戻されて感じるのは郷愁と安堵。少年の訪問を決していやがっていないことを自覚する。

 映画は高校生トッドの2年間の物語に変更された。その分、ゾクッとする部分が凝縮され、醜悪さと不気味さが濃厚になった。原作の印象的な場面は、映画でも一番の見どころとなっている。貸衣装店で手に入れたナチス親衛隊の制服をドゥサンダーに着せて室内を行進させ、ナチス式敬礼を命じるトッド。躊躇するドゥサンダーだったが、目に異様な輝きが宿り始める。トッドが止めろと叫んでも、何かが乗り移ったかのように行進を続けるイアン・マッケランの演技に背筋が凍る。支配者トッドと被支配者ドゥサンダーという関係は、この日から怪物同士の奇怪な相互依存関係へと変わっていく。

 衝撃的最期を遂げる原作のトッドと違い、映画のトッドは破滅から逃れる。ラストの表情が空恐ろしい。

新潮社 週刊新潮
2024年9月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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