静謐な筆致で人間の不可解さを描いた著者と同名の探偵が活躍する最新作

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日本扇の謎

『日本扇の謎』

著者
有栖川 有栖 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065364215
発売日
2024/08/07
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

静謐な筆致で人間の不可解さを描いた著者と同名の探偵が活躍する最新作

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 人の心に分け入る面白さ

 有栖川有栖『日本扇の謎』は犯罪社会学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖のコンビが活躍するシリーズの最新長篇だ。エラリー・クイーン〈国名シリーズ〉に因んで同名で呼ばれている連作である。最新作は、題名自体がその元祖に対する思慕の念を表している、というトリヴィアルな情報はぜひ読んでご確認を。

 京都府舞鶴市の海岸近くで一人の男性が保護される。記憶喪失であるらしい彼が美しい扇を所持していたことから武光颯一という本名を警察が突き止め、家族との対面が実現する。颯一は家出をして、七年近くもの間消息不明だったのだ。

 ここまでが前段である。失踪者が帰還した家で事件が起きる。颯一の父、故・宝泉は高名な日本画家だった。ゆえに武光家には女性画商が出入りしていたが、彼女が何者かによって刺殺されたのである。事件が発覚したとき、颯一の姿は再び消えていた。果たして犯人は彼なのか。

 現場が密室であったり、移動手段を持っていなかった颯一が山間にある武光家からどうやって離れたのかが判らなかったり、といった具合に状況には奇妙な点がある。火村とアリスのコンビは、関係者の証言を集めながら、そうした不審な点について推理を深めていくのである。

 中盤であることが起き、事件の様相はがらりと変化する。そこまでに築かれていた構造体が堅固であるため、読者はなだらかな坂を下るように最終局面へと導かれることになるだろう。最後まで密度の高さが失われないのが本作の美点である。

 最大の謎は人の心に関するもので、本作では複数の人物が不可解な行動を取る。一つは小さくても集まれば大きな違和になるものだ。火村の思考はそれらを包み、納得のいく仮説を組み上げるだろう。人が時として取る奇妙な行動と、それが引き起こす悲劇が静謐な筆致で描かれる。哀しみがいつまでも胸に残る物語だ。

新潮社 週刊新潮
2024年9月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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