公安調査庁の現職アナリストが実名で明かす「北朝鮮の真実」

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公安調査庁秘録

『公安調査庁秘録』

著者
手嶋龍一 [著]/瀬下政行 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784120058110
発売日
2024/08/07
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

公安調査庁の現職アナリストが実名で明かす「北朝鮮の真実」

[レビュアー] 岡部伸(産経新聞論説委員)

 ロンドン支局長時代、公開情報を分析して真実を探り出す「オープン・ソース・インテリジェンス(オシント)」の手法でプーチン大統領の嘘を暴く独立系民間調査機関「ベリングキャット」の伎倆に舌を巻いた。

 英南部で起きた元ロシア二重スパイ父娘毒殺未遂事件で、実行犯をロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の大佐と軍医と割り出し、ロシアの反体制派指導者ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件でもロシア連邦保安局(FSB)による組織的犯行の全容を解明した。ただ国際的スクープを連発できるのはデジタル空間の公開情報分析のみならずBBCなど既存のメディアと協力し、人的諜報「ヒューミント」と合わせ、高度なインテリジェンスに仕上げているからだ。

「オシント」で北朝鮮を分析する公安調査庁シニア・アナリスト、瀬下政行氏が外交ジャーナリスト手嶋龍一氏と対談して初めて実名で明かす「北朝鮮の真実」が本書の枢要である。

 北朝鮮は2022年夏以降、ミサイルを発射し、砲弾演習をくり返した。米韓日向けではなく、「砲弾、ロケットの供給を担えるとロシア側にアピールする狙い」だった。米国の影響力が後退する中、北朝鮮はロシアと中東に砲弾や弾道ミサイルを輸出する「武器商人」に変貌した。

 金正恩総書記が24年1月、朝鮮半島の統一政策を転換し、韓国を「敵対国」とみなし、戦術核を先制使用する核ドクトリンを発表した。これは「尹錫悦政権の強硬姿勢に対するリアクション」で、「韓国に軍事挑発を仕掛けながら小型核で威嚇する、そんな瀬戸際のシナリオを警戒する必要がある」と警告する。

 驚くことに核・ミサイル開発の資金源が偽造米ドルから金融機関にサイバー攻撃を仕掛けて窃取する暗号資産に代わり、朝鮮人民軍では、「数千人のハッキング要員がサイバー攻撃を担っている」という。

 16年バングラデシュ中央銀行の送金システムに侵入し、フィリピンの口座に送金させ、8100万ドルを引き出した。身代金要求型マルウェアを全世界のコンピューターに侵入させ、データを暗号化し、それを解除する見返りに暗号資産を要求する恐喝も繰り返す。サイバー攻撃で窃取した暗号資産額は、22年には16億5000万ドルで全世界の窃取額の43%に上っている。

 インテリジェンス・コミュニティで「北情報の神様」と呼ばれる瀬下氏の情勢分析にも「ヒューミント」や歴史知識がベースにある。本書は「オシント」の良き教科書となるだろう。

新潮社 週刊新潮
2024年9月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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