<書評>『西郷従道(じゅうどう) 維新革命を追求した最強の「弟」』小川原(おがわら)正道 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

西郷従道―維新革命を追求した最強の「弟」

『西郷従道―維新革命を追求した最強の「弟」』

著者
小川原正道 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784121028167
発売日
2024/08/20
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『西郷従道(じゅうどう) 維新革命を追求した最強の「弟」』小川原(おがわら)正道 著

[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)

◆顕官求めず大業の責務継承

 明治維新の三傑の一人、西郷隆盛を兄にもつ西郷従道の伝記は、史料の制約があり、数は少ない。だが、著者は、東大史料編纂(へんさん)所所蔵の「島津家文書」にある書簡(従道に宛てて政治家や軍人などが出した書簡を妻の清子が保存)や、国立国会図書館憲政資料室に所蔵・寄託されている政治家や軍人の関係文書、鹿児島県歴史・美術センター黎明館や宮内庁書陵部などに残された書簡や書類などを渉猟し、「大西郷」の兄に対する「小西郷」の弟という通俗的なイメージから従道像を救い出そうと努力している。

 偉大な兄の庇護(ひご)と協力を得て成長してきた従道にとって、西南戦争で「賊軍」の指導者に担ぎ上げられた兄が敗れて自刃に追い込まれたことは衝撃以外のなにものでもなかった。兄が征韓論で敗れて下野するとき、自分が政府に残ることは兄も了承済みだったとはいえ、妻の清子によれば、兄の死を知ったとき、従道は「家の中に入らず庭に佇(たたず)んで長い間天を仰ぎ見ておられた」という。大久保利通が従道のことを心配し、イタリア公使に就任するように説得したが、まもなく大久保も暗殺され、赴任はなくなった。

 兄の死から立ち直って以後の従道は、主要閣僚を何度も務めたが、著者が特に注目するのは、海相時代の早い段階で山本権兵衛(ごんべえ)や斎藤実(まこと)の才能を見出(みいだ)すなど人材抜擢(ばってき)に長(た)けていたことである。軍事上の最高顧問である「元帥」になり、何度も首相待望論が興ったが、決して引き受けなかった。兄の隆盛は憲法発布による大赦で正三位の官位を回復していたが、晩年、自分に「維新の大業」の責務を継承させてくれたのは兄のおかげであり、兄を上回る位階や爵位は返上したいと申し出たという。この件は、隆盛の嫡男・寅太郎を従道と同じ侯爵とすることで解決したが、顕官を求めず、信頼する部下に仕事を任せ、失敗の責任は自分がとるという従道の性格をよく表している。

 強烈な個性よりも、あいまいだが様々(さまざま)な勢力の「調和」を求めたという著者の指摘が本質を突いていると思う。

(中公新書・990円)

1976年生まれ。慶応大教授・日本政治思想史。著書『西南戦争』など。

◆もう1冊

『明治人の力量 日本の歴史21』佐々木隆著(講談社学術文庫)

中日新聞 東京新聞
2024年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク