『アフリカ哲学全史』河野哲也著

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アフリカ哲学全史

『アフリカ哲学全史』

著者
河野 哲也 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784480076366
発売日
2024/07/10
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『アフリカ哲学全史』河野哲也著

[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)

「西洋中心」相対化の試み

 我々はアフリカについてあまりに知らない。そこに歴史があり、哲学が考察対象であり得ることを当然と思う人はどれほどいるだろう。著者はそのような日本人のアフリカ観に憤りを隠さない。読み進めれば、その理由も歴然とする。

 「アフリカ」は全世界の約23パーセントを占める巨大な大陸であり、そこには54の独立国と係争中の1地域(西サハラ)がある。そして現在の国分けは、大半が19世紀の西欧列強による「アフリカ分割」に拠(よ)る。もともとこの大陸では古代エジプト文明はじめ、数多くの帝国や王国の栄枯盛衰があったが、現在の国々はその長い「歴史」とは切り離されてしまっている。内戦が絶えないのも、本来部族として対立関係にあった人々が、列強による分割により一つの国にまとめられたことが一因である。著者によれば、日本人の多くがアフリカの文化や思想に興味を持たないのは、明治以降、そして戦後も日本社会、とりわけ知識層が欧米ばかりを見ており、無意識に植民地支配者であった彼らのフィルターを取り込んできたからだという。西洋人のアフリカ観に影響を受ける前の日本人は、アフリカ人に対して別の眼(まな)差(ざ)しを持っていたかも知れない。本書では西洋中心主義的な従来の日本の哲学研究をアフリカ哲学の存在により相対化し、ひいては「世界哲学」への新たな扉を開かんとする試みが展開される。

 最初に古代地中海世界の哲学の発展における北アフリカ地域の哲学の重要性に触れるものの、分析の主対象は近代のそれである。近代哲学の父デカルトの「心」についての概念を批判した西ガーナ出身のアモなど、魅力的な思考の哲学者が次々に紹介される。ヨーロッパ人によるアフリカでの奴隷貿易は、人類史上圧倒的な負の歴史ではあるが、アフリカ人が世界に拡散していく契機ともなった。ここでは近代のネグリチュード運動のような、抑圧されてきた人々に内在する自己のアイデンティティの葛藤と複層性、それらの知への昇華という趣深い現象なども分析され、我々が知らないアフリカを見せてくれる一冊である。(ちくま新書、1430円)

読売新聞
2024年9月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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