『元朝秘史』白石典之著

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元朝秘史―チンギス・カンの一級史料

『元朝秘史―チンギス・カンの一級史料』

著者
白石典之 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784121028044
発売日
2024/05/22
価格
1,100円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『元朝秘史』白石典之著

[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)

 東洋史学はモンゴル帝国とともに始まった――というと、首をかしげる向きもあるかもしれない。

 19世紀末まで日本の中国史学は、漢文を読む「漢学」の一つでしかなかった。しかし近代歴史学の導入と発展のなか、漢籍だけの中国史では、あまりに疎漏だと判明する。広域多元のモンゴル帝国史に関する研究は、その典型だった。漢文正史の『元史』が杜(ず)撰(さん)きわまりなかったからである。

 そのために『元朝秘史』に注目が集まった。チンギス・カン一代を中核に、族祖伝承から後継者オゴデイの治世までを記した同時代モンゴル語の書物であり、漢訳も伝わる。虚実ないまぜ、難解な古典の科学的な分析が、新しい学問を創造するよすがになった。

 本書は爾(じ)来(らい)一世紀以上にわたる多角的な学術成果を背景に、『元朝秘史』のエッセンスを紹介した「ガイドブック」である。兼ねてモンゴル考古学最新の知見を交えた、興味津々の歴史書にほかならない。

 繙(ひもと)けば時空を越えて、ユーラシア史を動かした草原世界の原風景が甦(よみがえ)る。それは日本の東洋学の軌跡をたどるにもひとしい。(中公新書、1100円)

読売新聞
2024年9月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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