小説と音楽と視覚芸術の融合 初期作品を収めた冒険的な短篇集

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月曜か火曜

『月曜か火曜』

著者
ヴァージニア・ウルフ [著]/ヴァネッサ・ベル [イラスト]/片山亜紀 [訳]
出版社
エトセトラブックス
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784909910240
発売日
2024/07/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小説と音楽と視覚芸術の融合 初期作品を収めた冒険的な短篇集

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 モダニズム文学を代表する作家の画期的な新訳が刊行された。

 初期の八篇を収めたこの短篇集は、『灯台へ』や『ダロウェイ夫人』に比べると知名度は下がるかもしれないが、ウルフならではの技法や手法が導入され、作家の小説観を一変させた極めて重要な作品集と言える。

 リアリズム小説『船出』と『夜と昼』につづいて刊行された本書を開いた読者は、きっと前作との違いに驚いたことだろう。『月曜か火曜』は、いまの目で見ても冒険に満ちた短篇集だ。ウルフが目指したのは、小説と音楽と視覚芸術の紙面の上での融合ということだった。

『灯台へ』には、画家を目指すリリーという若い女性が、自分の絵に対してこのように思う場面がある。

「絵はカンバスの面では、美しく鮮やかで、羽毛のようにふんわりはかなげで、蝶の翅のごとく軽やかに色が融けあっているべし。しかしカンバスの下では、鉄のボルトで留めあわせたような、そういう堅固な構図でなくてはいけない。吹けば波立つようにはかなげでありながら、馬が二頭がかりで曳いてもびくともしないようであるべし」

 この創作哲学は『月曜か火曜』にもそのまま当てはまる。「弦楽四重奏」という篇では、モーツァルトの弦楽四重奏の鑑賞者の思念や、周囲の会話、そうした断片のなかに音がイメージ化されて流れこむ。

 また、実験的なこの作品集のなかでも本人が「自由の奔流」と称したのは表題作と「青と緑」という篇だ。「青と緑」は、カットガラスの尖った指先から滴のように滑り落ちてくる緑の光とその変容を描きだす美しいスケッチであり、物語性は排されている。「月曜か火曜」は難解に見えるが、鳥、空、炎の「目」を持って読むと鮮やかな光景が豁(かつ)然(ぜん)とひらける、そんな作品だ。片山訳で読んでこそ理解できた。

 これらは小説と称されているが、その実は詩なのである。

新潮社 週刊新潮
2024年9月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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