『こころは今日も旅をする』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
大勢の他人とつながるために
[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)
本書では、ほかに長年出演しつづけているラジオへの思い、放送作家としてコントを書いていた頃の思い出、「五木ひろし」という芸名が生まれた経緯など、興味深いエピソードが語られている。
女子大生に「なんで書くんですか」と質問された五木さんは、少年の頃に過ごした朝鮮で見た光景を語る。
道ばたで、辻講釈師の老人が絵図を指し示しながら語るのを聞いて、老若男女がさまざまな反応を示す。それを見た五木さんは、「大人になったら、この老人みたいな仕事がしたい」と思う。
同様のエピソードを綴った『人間へのラブ・コール』というエッセイ(「波」1971年7・8月号、『風の幻郷へ 全エッセイ・ベストセレクション』〈東京書籍〉に収録)では、「なぜ書くのか」という問いへのもうひとつの答えとして、「他の人間たちと共生したい」からだと語っている。
つまり、「物語という仮構の橋によって大勢の他人とつながりたい」というのが、作家としての原動力なのだ。
本書のまえがきで、五木さんは、自らのエッセイを「雑文」と呼び、「日々の世相への実感をいやおうなしに反映している手の文章ばかりだ」と書く。
「しかし、私はこの手の雑文をひそかに偏愛しているところがあって、なんとなく口笛でも吹きながら書き続けている感じなのだ」
五木さんが楽しみながら書くエッセイは、読者への手紙でもある。「時代」と「普遍」をあわせ持つ文章に、私たちは笑ったり励まされたりするのだ。